美の壺「書の道具」

美の壺「書の道具」

再生や復活の願いを託したという、蝉(せみ)の形の硯のすずり、朝日が昇る絶景を描いたすずりなど、名品が登場。失われた技術を求め、数百年前の名品の再現に挑む製硯師(せいけんし)にも密着する。さらに千二百年の伝統を誇る鈴鹿墨の職人が開発した“子どもの力でも、わずか数分ですれる墨”、“カラフルな墨”など驚きの墨も。書家・紫舟こだわりの道具も初公開。10年来愛用する筆の魅力とは!?<File466>

【出演】草刈正雄,紫舟,【語り】木村多江

美の壺「書の道具」

放送:2019年1月25日

プロローグ

一筆一筆丁寧にしたためられた手紙。温もりを感じますね。筆で書かれた書は心の内面をも映し出すと言われる優れた芸術。その道具である硯や墨、筆などを飾り目出ることは「文房清玩」と呼ばれ、中国の文人の間で洗練された趣味とされてきました。番組の題字を手がける書家の紫舟さん。綴りをはじめこだわりの道具を使っていますが、中でもお気に入りがあるそうです。「硯で墨をする前に水を入れる時に使っていますが、その時にとくとくとくとくとてもユーモラスな声で鳴いてくれるんですね。制作する時にどうしても力が入りすぎたりとか緊張しすぎたりとか過ぎることがあるんですけれども、力がふっと抜ける。リラックスを与えてくれる道具です」。人の心に寄り添う書の道具。独創的なデザインや秘められた知恵と工夫の数々を見ていきましょう。

生かす

自宅の一室で文房具のギャラリーを営む渡邊久雄さんです。特に気に入って集めているのが中国の硯の名品。その数300以上にのぼります。「古い硯ですとか、装飾に凝ったものですと、実用よりは鑑賞を主に置くんです」。硯の魅力は石の美しさを生かした形やデザインが楽しめるところ。このようにあえて天然の岩肌を残した硯も珍しくありません。銘品の多くは中国の南東部、端渓やきゅうじゅうで取れる石で作られています。表面がヤスリ状になっていて墨の粒子をきめ細かく分解し、滑らかにしてくれるからです。この硯はある生き物を模しているそうなんですが分かりますか。「蝉の恰好をしていますので「蝉様硯(ぜんようけん)」といいます」。土の中から出てきて付加する蝉は再生や復活の象徴。中国では貴重な工芸品に蝉の装飾を施し願いを託してきたといわれます。立体的な彫刻が施された硯。左上に黄色い点が見えますね。これは石紋と呼ばれる天然の模様。太陽に見立て周りにたなびく雲をあしらうことで朝日を表現しています。石紋を楽しむとっておきの方法があるという渡邊さん。何と硯を水の中へ。たしかに石紋がくっきり浮かび上がりました。この石紋は人のまゆに見えることから、眉子紋(びしもん)と呼ばれています。「石の石紋のいい部分を硯面出す方法とか、試行錯誤しながら大事に大事に硯をしたてているわけなんです」石をより魅力的に見せるために生み出された硯の形。今日一つ目の壺は石を生かす曲面

硯を再現する

硯の名作を再現し失われた技術を取り戻そうとする職人がいます。製硯師の青柳貴史さん。古くは1000年前の硯まで再現しています。「千年残る硯を作るということが大事だと思っていまして、使い心地がいいだけではなく石自体の美しさも際立って見えている」
青柳さんが再現した中国清代初期の硯。墨をする墨堂から墨をためる墨池までひとつながりの緩やかな曲面。この絶妙なフォルムをどう作り出すかが、製硯師の腕の見せ所だといいます。今挑んでいるのは書の文化が栄えた明代の硯。起伏に富んだ曲面の再現が一番のポイントです。材料となる石は石紋が美しい反面、硬さにはばらつきがあります。場所によって力を加減しながら削らなくてはなりません。特に角度が急なくぼみの部分は曲面を削り出すのが至難の技。少しずつ慎重に彫り進めます。仕上がりを確かめるために使うのがライトの光。定規を当てて何か印をつけています。「きれいに見えて、まだここが高いんですね。影を追った時に光がここだけ速度が鈍いですね」。影の乱れからわずかに彫り残した部分を見つけ出していくのです。紙やすりを使ってわずかな凹凸も徹底的に削っていきます。「ここがたたずまいとして具合がいいと思えるところを仕事のやめ時とするので、やめ時を迎えるまで繰り返します」。12時間後、磨きあがった硯。石紋を優雅にたたえ、堂々としたたたずまいに。課題だった墨堂から墨池への曲面。複雑なカーブを描きながら滑らかに仕上がりました。でもまだ完成ではないと言います。「お手元に届けてからこの硯。医師が硯に変わった。その硯自体がそこからそれの旅が始まるわけなんですね。僕の手元で完成ではなくその方の生活の中で完成を迎えに行くと思う」。千年先まで受け継がれるよう手間と時間を尽くし生み出された曲面。石を永遠に生かそうとする思いがこもっています。

取材先など

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