日曜美術館「ミュシャ 未来を見つめる超大作」

100年前のパリ、華やかな女性のポスターで大人気だったミュシャ。ところが、祖国チェコに戻って一転、緊迫した生々しい超大作を描く。一体なぜ?秘められた思いを探る。

ミュシャが50歳で祖国に戻り、16年の歳月をかけた「スラヴ叙事詩」。全20点が初来日した。チェコ国外でそろって展示されるのは世界初。まず、6m×8mという大きさに圧倒される。近づくと…どの絵にも数々の民衆が。主役はいない。なぜなのか?ミュシャが繰り返し描いたのが、戦争に巻き込まれた人々の姿。絵の中からこちらをじっと見つめる目。何を訴えているのか。時空を超えて見る者の心を揺さぶるその魅力をひもとく。

2017年4月17日

日曜美術館「ミュシャ 未来を見つめる超大作」

華やかでちょっと官能的。きらびやかな装飾で彩られた女性のポスター。一度は目にしたことがありませんか。一転してぞっとするような描写。作者は同じ一人の画家です。パリで脚光を浴びたアルフォンス・ミュシャは突然祖国・チェコに戻ります。そこで描いたのは戦争に巻き込まれた人々。そのリアルさは見るものを揺さぶります。

まるで別人のような作品を何故描いたのか。

その謎に迫る展覧会が今東京で開かれています。チェコの国外でそろって紹介されるのは今回が初めてです。

100年前、ミュシャが活躍した時代、芸術の都パリでは、アール・ヌーヴォーと呼ばれる新しい装飾芸術が花開きました。

こうした草花をモチーフを特徴とします。ミュシャはアール・ヌーヴォーを広めた立役者でした。なぜ人気を博すことができたのか。その秘密は斬新な発想にありました。

代表作の一つシャンパンの広告ポスター。ゴージャスな宝石を身に着けた女性がさりげなくグラスを傾けます。

同時代のほかのポスターがかと比較してみます。右は黒猫と呼ばれるキャバレーの広告です。当時はひと目でなんの広告かわかるデザインが常識でした。しかし、ミュシャはその真逆。過剰とも思える豊かな装飾で人々の目を釘付けにしました。

ミュシャの華やかなデザインは一人の女優との偶然な出会いがきっかけで生まれました。

毎晩棺桶のベッドで眠るなど自ら伝説を作り上げた女優、サラ・ベルナール。演劇界の女王でした。ベルナールは自分の演劇公演のポスターを描いてくれる画家を探していました。ミュシャは陶冶再。チェコから出てきたものの目が出ずにいました。そんなときたまたまベルナールからの依頼を受けることになったのです。

ミュシャが描き上げたポスターはパリ中で大評判になります。

頭を草花のモチーフでデザインしたポスターでベルナールの華やかさを強調しました。このとき華麗で過剰なミュシャのスタイルが誕生しました。実はその影にはミュシャの知られざる努力と探求がありました。

ミュシャ自身がまとめた図版臭がデザイン学校の図書館に残されています。出てきたのは大量の草花のデッサン。装飾に使う草花のリアルさを徹底的に追求していました。

ミュシャの代表作「四つの花」。

女性を彩るユリのデザインはどのように生まれるのか?

ミュシャはユリの花の細部をつぶさに観察しデッサンを描きます。花を分解し、雌しべや雄しべの一本一本まで丹念に写しています。

そのリアルさを大切にしながら、その一つ一つを描きます。華麗な装飾はデッサンから生み出されていたのです。女性を彩る花は単なるパターンの繰り返しではなく、一つ一つの形や色が微妙に違います。デザインに秘められた徹底したリアリティ。それがやがてあの超大作に結びついていくのです。

*********

ポスターが並んでますねって感じですよね
ああきれいだな色彩がいいですね
何か優しいぐらいですよねね
気持ちいいですよね
心地をこう流れていく感じが流れるように豪華で華やかですね
ゆりとかを見てても
こう女性の顔の周りのゆりから
全体にやっぱこう目の動線がこう流れてきた
そのリズムとかすごいこう気持ちいいですよね
では作品を一緒にご覧いただくゲストをご紹介しましょう
どうぞね演出家の宮本亜門さん
そして国立新美術館の本橋弥生さんですよろしくお願いします
アールヌーヴォー時代を代表するような作品なんですけれども
宮本さんどのようにご覧になりますが
やっぱりある新しい芸術という意味じゃないですか
本当にこうまあの美しく愛らしくかわいくもあるんだけど
やはり女性の花も表現がある意味で有機的人
その時代には新しいものだったんじゃ
ないかなと今の宮本さんがご指摘されました通り
こういったこう微妙な繊細な色界というものは
あの非常にこう新しいもので斬新なものでしたし
はいあとままず何と言ってもこうあのユリの花がすごく繊細
そこに描かれているにもかかわらずなんかそれと同時にこう輪郭線
があってこう異次元的でもちょっと装飾的でもある線のラインとか
あと例えばバックのあのラインのちょっと影響もあるような
例えば解体してまでもう細かいところまで徹底してっていうのは
まさに知り抜くっていうところと分からないですけども
知り抜いたそこからま出てきた曲線だとか
流れだとか生物の根源に何か近づこうとしてたんじゃないかって
基本的なあのデザインは表面的に美しいんですけども
それ以上の服深さが出てるっていうのは僕実を言うと
あの身内っていうのある
ぬぼの美しいデザインのデコレション的なものっていうのは
僕の私も最初
ポスターからパリ行ったりした時によくあるじゃないですか
そこの影響があったんですけどさら食べる為のポスターを描いて
いるのをいくつかここも拝見させていただいて
そのサラベルナールという女優さんはま大変強い方だったんですよ
つまりかわいい女優さんではないですね
むしろ意思がはっきりしているとだったら良い
難しく描いてと彼女は行っていないという風に僕は思えたんですね
美味しそう
以外で将来それと同じ時期に
またこの作品が書かれているような気がしていて
なんか本当に女性に対して植物に対して人の生き方に対して
本当にここが参加
というか根元をっていうふうに
ちょっと僕はそんな風に意識をここで拡散してもらったんです
パリで大成功を収めた名車
しかし突然二十年暮らしたパリを離れます
千九百十年五十歳の時故郷チェコに戻ったのです
どんな
思いでギリシャは帰国したのか
訪ねたのは
プラハ中心部にあるアクセサリ

へえおなのやるみ
ラムはプロつっおばさんミュシャの実の孫です
祖父の帰国の理由を父親から聞いていました
パリ時代が自社の全盛期と言われますが
祖父にとっては違っていました
チェコのために作品を描きたいと思うようになったのです
当時チェコは
ハプスブルク家の強大な帝国から抑圧を受けていました
プラハの中心部にある広場
足元には二十七の十時間が刻まれています
ここは十七世紀
帝国に反乱を起こした首謀者たちが公開処刑された場所です
この反乱の公用語はチェコ語ではなくドイツ語とされました
ギリシャの祖国チェコは長年独自の文化が否定されていたのです
ミシャがチェコで最初に手掛けた作品が
プラハ市のシンボルとして建てられた市民会館の中にあります
この部屋全体の装飾をミシャは無償で手がけました
天井の中心に描いたのは農園で働く人々の姿です
歴史を支えているのは民衆だということを表しています
チェコでは多くは農民です畑を耕しています
互いに助け合いながら働いています
入社は民衆の力を表わそうとしたのです
記者が目を向けたのはチェコの名もなき人々でした
そして自ら資金を集め修正の対策に取り掛かります
全部で二十点からなるスラヴ叙事詩大きいもので
幅八メートルチェコの人々スラブ民族の歴史絵巻です
三世紀頃から二十世紀まで
時代を象徴する出来事や人々の暮らしが描かれています
最初
の一枚元故郷のスラブ民族
に民族の侵略を受け
苦しむスラブ民族の祖先の姿です
平和を象徴する娘と若い選手を従え
妻子が宙を待っている幻想的な光景
他の向こうでは村に火がつけられ
恐ろしげな侵略者が群れを成しています
草むら
に身を隠し
恐怖におびえるのがスラブの民です
あり
時代に得意とした華やかな女性の面影は全くあり
ません

スラヴ叙事詩で何枚も描かれたのが戦いの直後のため
十五世紀事故で宗教改革が起きると
ハプスブルク家の軍隊が攻撃してきました
やがて
内戦茂木大勢の人々が犠牲になりました

最後の一枚はチェコの人々が独立を祝う作品
自由と平和と団結未来への希望を訴えました
ギリシャ
はスラヴ叙事詩をどうやって描いたのか
プラハから車で一時間ずびろふにその手がかりが残されています
人口三千円の小さな村武者は
この村二十六年こもって対策に打ち込みました
中世に建てられた白の中をアトリエにしました
白の所有者のヤロスラフパは三です
白の大ホールが創作の現場でした
ミシャは日中絵に集中するため
家族でも予約がないと合いませんでした
スラヴ叙事詩の創作の秘密を語る貴重な資料が残されています
これはずびろふの村人ですモデルとして活躍しました
エリシャは彼らの写真を撮影しそれを使い絵を書いたのです
家事や役人建築士弁護士本当に様々な職業の人たちです
ギリシャはなんと村人に衣装を着せ
ポーズを撮ってもらい写真を撮影
それをもとに絵を描いていたのです
この絵は十六世紀人々が広場に集まり
初めてチェコ語で作られた聖書を読んでいるため
向かって左下には目が見えない
お年寄りに聖書を読み聞かせる若者の姿
モデルになったのはこの人の村人です
その隣でかもいっぱいの果物を運ぶ
少年のモデルの写真もありました
記者歴史のうねりの中で
名もなき人々が懸命に生きる姿を絵にしました
そこに命を吹き込むために村人をモデルにして描いたのです
八世紀頃スラブ民族が祝った収穫祭の場面
この写真の村人は
悩む若者とそれを励ます芸術の女神
パリでリアルな描写を追求したように
ミシャは村人の姿を事細かにリアルに描いています
被疑者はスラヴ
叙事詩の大画面に登場する人物
全てにモデルを用いたとも言われています
人物一人ひとりにリアルな個性と存在感を与えるために
十六年間心血を注いだのですが
先ほどからあの絵の大きさに私たちが圧倒されているんです
けれども本橋さんこの方はどういう場面を描いているんですかね
これえー時代は十六世紀で場所はモラヴィアの番地という会社が
生まれた村になります
チェコ語の聖書が最初に誕生した場所ということで
じゃあこの人にとって重要だということですね
ということはこの場所
この庭は医者にとっては本当に思い出深い場所なんですね
子供の時もいたというか
全てここずっと彼の歴史の大切な場所だった
あそこの二人だけはちょっとえーから足がはみ出して
これが凄いですよね
舞台のような何か額縁からぐっとぐっと出している本当
これ面白い表現ですね
あとよくお芝居に言われるのが一番大切な芝居は背中なんですよ
そうなんです
だからよくあの他の絵もそうなんだけど
大切な事件が奥で起こっていて背中の姿の方が多いですよね
本当ですねそうするとやっぱり
そこであの見方っていうのはそこで一緒に考えさせられる
そうする中で一番味方があれば背中が正直なんですよね
確かにこうそれぞれが思い出たり喜んだり悩んだり
周りを気にしていたりとか
色々な状況がその中でも見えるっていうのは分かっておかき
元々その写真をもとに
これらの人物は描かれたという風に言われてますけれど
すごい興味があるが写真を見てもまるで舞台をアトリエで作って
いるかのように一生を生きさせてきっとかりし好きに
というだけではなくて
こんな時のこの表情でしたらどうなりますかって
エイズのように行ってたような写真に見えちゃうんですよね
これも舞台の方法から来てるんじゃないか
という徹底していると思いますがそれを変え
てませんからねえぇにする時に
本当に一人一人が同じ顔がないんですよね
全員人は違う
もう人それぞれの歴史があるっていうのが露骨に表れているのが
やはり本当にリアルな人々の写真を撮ってその表情
その表情から来る歴史館みたいなものも一人一人のものをこう大切
に描いている感じがしますよね
だから本当にこう主役が普通にいい人だとかね
今までは必ず誰かこう力強くしたらそこを中心にえーなるので
革命化とか入るというよりも
主役は民衆民衆我々である
というか人々であるっていうのはすごく表れているような
しみじみ感じがし
ますけどね
スラヴ叙事詩二十点の中でミュシャが繰り返し描いたのは
戦争に巻き込まれた人々の姿です
十六世紀大国の軍隊の侵入を防ぐため
人々が自ら火薬島に火を放ち街を焼いた場面
十五世紀大国ドイツとの戦いに勝利した後の光景
武者は
勝敗に関係なく戦争がもたらす悲劇を描きました

チェコの歴史の中で最悪の出来事の一つと言われる戦争をテーマにした作品です

この絵に注目するのは戦場カメラマンの渡部陽一さんです
二十年以上世界各地の紛争地帯を取材し
戦争に巻き込まれた人々の姿を撮影してきました
渡辺さんはさりげなく描かれた西部のリアリティに気づきました
僕が一つ気になったのは正面に転がっている瓶ですね
土でつくられた壺のようなもの
こちらの壺のようなものや後ろのランタンに見える壺のようなもの
奥にもちょっとした桶のようなものありますね
紛争地から逃れてくるとき水を貯められるバケツであったり
桶というものを持ってくることが多いです
水というライフラインが五百年
前もこうしたかごの中であったり
転がっている壷であったりから紛争地から逃れる時には
まずは手に取るものとして現代と重なるものを感じましたね
自社のディテールが時空を飛び越え今と繋がり始めました
さらに渡辺さん気になる描写がありました
全体のこの大きさの中で
唯一正面を向いてこちらを突き刺してくる
視線が真ん中の赤ちゃんを抱く女性です
突き刺さるような引っ張り込まれるような
そんな芽の力を感じますね
僕はカメラマンとして子供を守り続けるこちらの女性に
カメラを向けて一歩踏み込んでいくと思います
赤ちゃんは無事だったのかなくなってしまったのか
母親の右手の血の流れや筋肉の色
凹凸の描き方で子供は生きていると僕は感じています
ワタナベさんは
この絵の女性とよく似た写真を撮影したことがあります
アフリカ北部の国一段の避難民のキャンプで出会った女性です
オットー戦争で亡くし子供を連れて逃げてきた十代の母親でした
これからどう生きていけばいいのか
目の前に現れた僕自身は的なのか味方なのか
そんな怯えや不安や怒りというものが
このお母さんの上に感じたんです
だからシャッターを聞きました
渡辺さんは医者が母親の思いを見るものに直接語り掛けるため
あえてこちらを見つめる描き方をしたと考えています
声が聞こえてくる音が聞こえてくる叫び声が聞こえてくる
母親が思いを伝えようと唸る声も聞こえてくる
その光景を自分の目でその場にあって見たから書いたというよりも
今まで見てきた様々な光景を重ねたり絡めたり
戦争というものを記録に残すこと知ってもらうこと
そんな考え方や体験が背景にある気がしますね
戦争に巻き込まれたものだけが伝えられる強烈な思い
自社の絵はその生々しさをいつまでも語っています
そうだいないですねとともに
とても不思議というかうまく表現できないけど
驚かせようとしていないえだと思います
普通こう略奪だとか
もっとも悲劇的な
やっぱ怒りをこちらにこう駆り立てるとか
中心を思わせるような絵ではない気がしていて
あのまた面白いなこの前の方がね
普通っていうけど良くないですけど
つまり普通ここでやっぱりもっと血を流しますよねごめんなさい
僕のイメージはロボットのこっち前で
彼の言い方はなんとこう
無残なことよっていうことを提出することが多いのに
ここはきれいな白で子供も全部白一切汚れていない実は発行してる
んですよ体もどっから見ると
ここは天国じゃないかと思うわと思いますけど
それは僕はだから
復習しを目的としていないえなんだと思ったんです
確実にその暴力の世界で血みどろになってもおかしくないのに
一滴も血が血が流れてないけれども
そのあの非暴力というものをしっかり伝えていく
その戦争のその不毛さだったり
その悲しみだったりっていうものをそのきとかではなく
うん表しているのが確かにそのあの一人一人
のやっぱり表情っていうのも
あのー注目すべきとこなのかなとも思いました
単なる歴史劇では終わらせないというか
過去の事件であることでは終わらせない
あの真ん中のこのこちらの女性の目ですよね
僕は実は最初遠くから見たときに顔が分からなかったけど
ここだけ真っ黒真っ黒に見えました
あえてあそこに光を当ててないと思ったんですよ
側に来て初めて見てるという他と違うんですよね
ですね一番の方がですね
なんかその舞台でいったら額縁を超えて
ふっとこちらに迫ってくるような
あのー十では剃り美という名称で
こちらに迫ってくるような気がしていてま
僕の舞台の表現ではないんですけども
やっぱりふっと
お客さんにこの額縁を超えて語りかけるということは
その見てる方にあなた
はどう思いますかっていうこんなてまというか
つまりこれは国や時代を超えて
このようなことをあなたは見ているんですよっていうことは
時代を超えても同じことがあり得るんではないかという警告
二歳僕は思ってしまうので
これそばにずっとぎゅっとしたすごいなとしまし

何とも言えない表情ですよね
これ本当に教室目を離すことができないでですねうん
こうやってあの画面の中から
こちらを見ている人物というのはスラブ状自信があるんですけれど
これはこの構図の効果っていうのも絶やしさんそうですね
やっぱり私たち
どうしても見るものとしては立ち止まってしまいますので
こう視線を感じてやっぱりこう見つめ返すというかそういう効果が
あると思いますので
ミッションが多分それを知って
あえてあの取り入れてたんじゃないかなと思います
戦争のえーだという
一言で終わらない生々しい姿勢が
こっちを心を射抜いてくるというんですか
現代とつなげていくような気がするんですけど
あのー目線によって今とこの絵の中のね架け橋というか
ここが繋げている箸じゃないかっていう気がしました
ま自分は演劇やってて
例えばニュースで
例えばテロで何を進んだと人数が多いことは悲しいことです
けれども大切なのは
そこにいる一人一人が違う人生があって違う生き方があって
この人たちがこういう時にこういうことが起きてしまった
だいまみたいなことを僕は演劇を通して
やらなきゃいけないと思ってはいるんですけど
祈りと小石神というか何が正しいのか
何が正しくないのかというような
そんなちょっと世界が
それぞれがそれぞれと向き合わざるを得ない
時間のような感じもしますけどね
うん今日はあのミュージシャンの別な一面をね
見たような気がいたしました
改めてこのスラブ諸実施どのようにお感じになりましたか
スラブ民族の歴史を描く
ひいてはおそらく人類の歴史を描いているのかなと思うんですが
そういったこう壮大な作品にこう到達するなんかある意味
進化を遂げたのかなという風に思っているんですけれども
それをこう何て言うんですかね
一度こう成功を収めた後に
またこう晩年
あの五十歳になってからそういったこうチャレンジをした
なんかそういったところにものすごくなんて言うんですかね
感銘を受けると言いますかあのー
はい個人的には思っております
やっぱり歴史というのは
あの一人一人が人間一人一人が築いていくべきものなんだ
ということを教えられたような気がしていて
やはりその時代を超えて
彼のその愛というのはやっぱり一つ触ってきたので
まだまだ進化の途中である
人間としてはちゃんと自分たちが作り上げる
歴史を見ていかなくてはいけないという
このこちらを向いている目からそんな風な感じを受けました
今日は皆さんありがとうございましたありがとうございました
広汎性の全てを注ぎ込んで
スラヴ叙事詩を描いたアルフォンスミュシャ
しかしその後自らも歴史の荒波に飲み込まれます
千九百三十九年ナチスドイツがチェコに進行
ミュシャは危険な愛国主義者として
ナチスの秘密警察ゲシュタポに逮捕されました
ゲシュタポの収容施設が当時のままプラハに残されています
逮捕から四カ月後武者は体調を崩し七十八歳で亡くなりました
それからおよそ八十年超大作に刻まれた一人一人の人物が
未来まで見つめた死者の思いを静かに語りかけて
きます