奇想天外な作品にあっと驚くパフォーマンス。20世紀美術最大の問題児、サルバドール・ダリ。一体何者か? ダリ を愛してやまない者たちがそれぞれの視点から正体に迫る!
40年前にスペインの自宅を訪ねた美術家の横尾忠則さんは「ごく普通の人」といい、ダリにあこがれる漫画家・イラストレーターの寺田克也さんは、「あるかのようにウソをつく、すさまじい説得力の持ち主」ととらえる。脳科学者の中野信子さんは、「“サルバドール・ダリ”という作品を、妻のガラとダリが2人で作った」と考える。シュルレアリスムの傑作から知られざる晩年の作品まで見つめながら問いかけていく。ダリの正体とは?
【ゲスト】演出家・俳優…白井晃,【出演】美術家…横尾忠則,【出演】脳科学者…中野信子,【出演】漫画家・イラストレーター…寺田克也,【司会】井浦新,伊東敏恵。
放送:2016年11月13日
日曜美術館 「ダリの正体!?」
脳科学者の中野信子さんはダリと女性との関係に関心を寄せています。
「女性の後ろ姿を彼はこの構図で描いたりしていますが、女性に対する距離感だったり、行きたいけどという揺れるような気持ちを絵にするとこうなるのかな」
後ろ姿は女性に対するコンプレックス、細密に描かれた髪の毛は性の願望が表されているといいます。更にこの絵には母への複雑な思いも感じられると言います。
「ダリはなくなったお兄さんと同じ名前です。兄と同じなのかという不安をダリは抱えて生きていました。母に対して、こっちを向いて欲しいという気持ちを持っていたのではないかと感じます」
スペインの公証人の家庭に生まれたダリ。その10ヶ月前に兄が幼くして亡くなっていました。兄と同じサルバドールという名をつけられ、ダリは兄の身代わりなのかと感じていたと言います。
亡き兄への思いを隠さない父にはなつかず孤独な子どもだったダリをいつも守ってくれた母は17歳の時亡くなります。家族以外の女性に接することがほとんどなかったダリはコンプレックスを持ったまま大人になって行きます。
ダリのシュルレアリズムの作品は驚くほど精巧に作られています。それは幼い頃の体験が根底にあるからだと中野さんは考えます。
「この人は自分が必要とされていないかもしれないかもしれないという考えが子どもの時からある。そうすると想像の世界を逞しくせざるを得なかった」
「このような世界を作り上げられるだけの才能に真理多岐な軋みが昇華したら本当に素晴らしいと思う彼の本質的な強さがあったと思いたい」
ダリは25歳の時シュルレアリズムの芸術運動に参加した後運命の出会いを果たします。
10歳年上のガラ。ここからダリの才能は開花して行きます。
フランスの詩人・ポール・エリュアール(((Paul Éluard, 1895年12月14日 – 1952年11月18日)は、フランスの詩人。ダダイスム、ついでシュールレアリスムの運動を盛り上げた一人。反ファッショ、レジスタンスの闘士、そして『愛』を多くうたった))の妻だったガラとダリはすぐに恋に落ちます。
「あなたは天才」ガラはダリを励まし、進むべき方向へと導いて行きました。
ダリとガラが結ばれて2年。20世紀絵画の傑作が生まれます。「記憶の固執」です。ぐにゃりと曲がった時計。ダリの味わった孤独や別れ、嫉妬というつらい時間が閉じ込められています。封印してきた想像の世界がいっきにあふれ出しました。
ダリの快進撃が始まります。幼い頃から抱えてきた女性への恐れ、性の呪縛を描いて行きます。呪縛を解いたガラはダリの母であり、妻であり、プロデューサーでした。しかしガラは若い愛人を作りダリに隠すことなく遊びにふけるようになります。ダリとガラの不思議な関係がつづきます。
「ガラの肖像でダリは彼女の髪の毛を覆い隠しています。とても象徴的な絵だと思います。女性性をすべて覆い隠すと解釈することが可能でしょう。女性性を排除したガラの人間的な部分をもしかしたら描きたいのかなと思えるのです。彼女とは男女の間柄として彼女のことを愛し続けているけど、それ以上の部分でもっと自分は彼女のことを見てますという宣言のようにも見えます。すごく必要としていたのだと思いますその人が全面的に自分を頼ってくる。頼ってくる人に必要とされていると思うときの快感はものすごいものがあります”共依存(((Co-dependency)とは、自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態(アディクション)を指す。すなわち「人を世話・介護することへの依存」「愛情という名の支配」である。” ))というもので、彼らはダリとガラというユニットで活動して非常に大きな功績を残していくわけですね」
「ガラとダリは天の支配者・ジュピターの卵から生まれた兄妹なのである。ダリはガラに仕える新生で誇り高く謙虚な奉仕者なのである」
ダリとガラに転機が訪れます。1945年広島と長崎に原爆が投下されました。現実がシュルレアリズムの世界を超えてしまったのです。ここから何を描けばいいのか。
ダリは思いがけないことを始めていました。過去の芸術家たちを採点するこころみです。
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ダビンチやフェルメールに高評価を与えた反面、モンドリアンをダリは酷評しています。古典絵画の力をダリは再確認していたのかもしれません。さらにダリは神秘主義への関心を深めて行きました。
「ポルト・リガトの聖母」はダリの新境地です。モチーフは伝統的な宗教絵画。妻のガラを聖母と見立てました。
左右対称の構図の周囲に浮かぶのはイカの甲。それが小さなガラに育って行くようです。中央のガラに包まれているのはイエス・キリスト。それはダリ自身なのかもしれません。
「ダリという画家を産んだのは彼女です。自分を産んだ人をこういう形で描いたのではないですかね。だりという作品ですよね。二人で作った」
ダリに会った数少ない日本人の美術家の一人が画家の横尾忠則さんです。ダリ展の会場に着いた横尾さんは、初期の作品には目もくれず先に進みました。
「初期の作品は面白くありません。初期の作品はダレでも描く絵です。飛ばしてシュルレアリズムのところにいっていいです」
サルバドール・ダリは1904年スペイン北部のカタロニア地方で生まれました。裕福な家庭で育ち夏場は海辺の別荘で過ごすのが楽しみでした。
世界的な巨匠となった後でも暮らしたスペインの家で、40年前横尾さんはダリに会いました。
横尾忠則「サルバドール・ダリとの面会の顛末」 – 山田視覚芸術研究室 / 前衛芸術と現代美術のデータベース
「姿の見えない眠る人、馬、獅子」
「いかにもシュルレアリズム。地平線があって、空があって、それで形態が曖昧で、メタモルフォーゼ(変形)していったり、思わぬものと合体されるでペイズマンという手法を使っている」
-何だと思いますか?
「何でもいいんじゃないですか。何を描こうとしているのかと考えると、彼(ダリ)の思惑にまんまと引っかかってしまうことになるから、知らないとシレっとしている方が、見る側のアイデンティティが守れるのではないかと思います」
「素早く動いている静物」
「この絵も有名な絵です。これは僕も面白いと思います。」
物質を作っている粒子の様子を描こうとした作品。身の回りにある生活道具すべてが宙に浮いています。画面右上の浮かんでいるリンゴには、何かが衝突しているようにも見えます。
ダリは知れば知るほど謎が深まる怪人です。1945年の作品「パン籠」。写実画のように細部まで精巧に描かれた作品は、ダリの正体を知る上で重要な作品です。この作品についてダリ自身このように語っています。
「ダリにとって最も意義ある作品はパン籠である。最も写実的な絵画が最もシュールな作品であることは永遠のパラドクスである。またこのパラドクスこそサルバドール・ダリの象徴なのだ」
最も写実的な絵画が最もシュルレアリズム。この言葉は何を意味するのでしょう。
「ダリのリアリズムはよく見るとリアリズムを超えてしまっている。リアリズムの領域というものがあると思うのですが、ダリの描いたパンはその領域を超えてしまっていて、異界からやってきたパンのようにも見える。われわれは現実の世界に生きているとおもっているけれど、実はシュルレアリズムの非現実な世界の中にも同時に同居しているということなのです」
リアリズムをつきつめていくと現実を超えた世界にたどり着く。それがダリの求める最高のシュルレアリズムなのかもしれません。
晩年の作品が並んだコーナーです。横尾さんはこのコーナーの作品が好きだと言います。
「ガラが亡くなって一人暮らしの状態で描いてますよね。さみしいものと肉体的なエネルギーがあまり感じられない」
ダリが亡くなる6年前。79歳の作品です。この年を最後に絵を描かなくなります。
「これはベッドでしょ。死に場所を描いている。このベッドで死ぬわけです。このコーナーの作品はみな未完っぽい。人間は完結して死ぬのではなく未完の状態で死ぬわけです。ですから正直なのです」
「ダリの正体?私は確かめようとは思わない。誰だって自分は誰なのかわからない。ガラに聞いた方がいい」
「トラック(我々は後ほど、5時頃到着します)」は、1983年に描かれたダリ晩年の作品です。「シュルレアリスム宣言」のアンドレ・ブルトンの言葉「I demand that they take me to the cemetery in a removal van.((直訳すると、「私は墓地まで引っ越しトラックに運んでもらうことを要求する))」から来ているといわれます。人生の最後にどこかに行ってしまうような印象を感じます。旅立ってしまう自分を描いているのかもしれません。
右上には紐が、左下には女性の写真が貼り付けられているのは、80年代のニューペインティング・新表現主義の影響もあるのでしょうかたいへん自由な作り方です。
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漫画家でイラストレーターの寺田克也さんは、小学生の時ダリの絵を見て衝撃を受けました。
ダリの絵が放つ現実にはあり得ないモチーフが寺田さんの作品に影響を与えていると言います。
ダリ展の会場を訪れた寺田さんは「オーケストラの皮を持った3人の若いシュルレアリストの女たち」前に立ち止まりました。
「子どもの頃、これが怪獣に見えました。いろいろな予感を感じさせます。3人の観客が立っています。ということはこれから何かをするということです。そこから広がる先の時間というものを一瞬で感じてしまうわけです。もちろんダリの意図ではないかも知れませんが、誤読をする自由を楽しむ絵のように感じます」
「子ども、女への壮大な記念碑」
「漫画みたいです。ダリがこれを描く時のストーリーみたいなものが心の中にあるとして、その中の一場面を描いたとしたものでしょう。しかし、その前後に別の時間軸を持つストーリーがあって、この絵を見るとその前後の物語も想像してしまいます」
「絵の中には怪獣(的な)ものも登場しているので、子どもの頃の私にはたまらなく面白かったのかな」
ダリに引きつけられるのはなぜか?寺田さんはオマージュの制作に取りかかります。
寺田さんは下書きをせずに直接白い画面に油性のペンで書いて行きます。
「ダリの絵の持つ突飛な発想や空想は、自分がそれまで見たものを頭の中でどう組み合わせるかということです。ですから本人の頭の中にある者しか出てこない。ダリは、自分の中にあるパーツを組み合わせていたのではないかと思います。そして、それを絵画として成立させた点が凄いのです」
描きはじめて8時間。
「できあがったといえばできあがった。できていないといえばできていない」
寺田少年がダリと出会ってから現在までの40年の記憶。そしてダリから受けた影響。ダリの絵の中に出てくるモチーフと自らのキャラクターの一部をも同居させました。
描くことで見えてきたダリの凄さ。
「あるかのように嘘をつくみたいなものがある。それを人に納得させる形で出せる。自分の中にしかない風景を人に、これはあるんだと思ってもらうためには何かが必要だと思う。それが説得力につながっていると思う」
実際にはない世界をあるように作り上げ、実在するように表せる発想・画力・表現力を持つ唯一の画家・・・寺田さんが見つけたダリの正体です。