美の壺「人生を共にする旅行鞄(かばん)」

美の壺「人生を共にする旅行鞄(かばん)」

フーテンの寅さん愛用のトランク、気になる中身は?かつてパリ万博で絶賛された柳行李(やなぎごうり)のトランク。現代に受け継がれる見事な職人技。ヌメ革を自分色に染めたコレクション600点!思い出が詰まった鞄は傷まで愛おしい。親子代々使い込んだ革トランクが醸し出す、あめ色の味わい。手縫いのオーダーメードボストンバッグは横顔が命!?音楽家・古澤巌が、演奏旅行用に特注した鞄も登場!<File392>

【出演】草刈正雄,古澤巌,フーテンの小寅,【語り】木村多江

放送:2018年11月23日

美の壺「人生を共にする旅行鞄(かばん)」

プロローグ

フーテンの寅さんを演じた渥美清さんが亡くなって早や20年。

寅さんのトレードマークは大きなトランクでした。

今も寅さんのふるさと葛飾柴又であのカバンと会うことができます。

旅から帰ったばかりの様におかれた愛用の鞄。この中に何が入っていたと思います。

ダボシャツに腹巻き。常備薬。寅さんの旅の必需品がぎっしり詰まっています。

旅を共にするカバンは持ち主の人となりを映し出します。

今日はそんな旅行カバンのお話です。

飴色

兵庫県豊岡市。この町は日本一の鞄の生産地として知られています。

カバンストリート。およそ200メートルの間に10件もの鞄屋さんが並びます。

鞄の修理やクリーニングの専門店もあり。鞄を大切にする土地柄が伺えます。

豊岡の鞄の歴史は江戸時代に遡ります。

その発祥は柳の枝を編んで作った軽くて丈夫な柳行李。

通気性がよく衣類などの収納や行商人の運搬道具としてなくてはならないものでした。

柳行李の一大生産地だったことから、豊岡は鞄の町として発展しました。

明治時代、近代の幕開けとともに柳行李はより便利な鞄として進化しました。

持ち手とベルトが付けられた行李鞄として生まれ変わったのです。

1900年のパリ万国博覧会に出品されると、その軽さや機能性が絶賛されました。

今でも行李鞄の技を受け継ぐ職人がいます。

伝統工芸士の寺内卓巳さんです。

しなやかで強靭な枝の間に麻糸を通し編んで行きます。

隙間なく緻密に編むことで投げても壊れない強さを生み出します。

豊岡生まれの丈夫な行李鞄。使い込んでこそ生まれる魅力があるといいます。

「お使いいただいた方には見せてくださいとお願いします。1年ごとにその柳の色が濃くなり本当に落ち着いた雰囲気になります。それを見ると鞄が大事されていると、とっても嬉しく思ってるんですけど」

100年前に作られた行李鞄。飴色の輝きを放ちます。

今日一つ目のツボは時が染める味わい。

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老舗カバンメーカー

創業100年を迎えたカバンメーカーがあります。

多種多様な旅行鞄を製造してきました。その中に革本来の美しさを発揮するトランクがあります。

使っているのはヌメ革という牛革を舐めしたままの染色加工をしていない革です。

自然の風合いが最も現れるといいます。

ヌメ革は特別な場所にしまわれています。

光を避けるため倉庫の奥で紙に包まれ厳重に保管されています。

「非常にデリケートな革なので、紙が少し破れていただけで日焼けになってしまいます。こういう部分は使えなくなります。手に汗を書いていたら色が変わっただとか、水分にも弱い」

ヌメ革の魅力は表面に現れる表情だといいます。

「首のところは人間と同じにシワができます。血筋と呼ばれる血管。千差万別ですので牛の育ってきた歴史を感じます」

革そのものが味わいを持つヌメ革。その風合いはカバン好きの人を虜にするといいます。

ヌメ革に魅せられた画家の古山浩一さん。

自宅の他にカバン用の家まで借りています。集めに集めたその数600点。

カバンへの藍はイラストとなり、ついには本も出版。

「革そのものが体温を持っているような感じがします」

コレクションの始めは40年前。イタリアの古道具屋で出会った飴色に輝くヌメ革のトランクでした。

嬉しくなって内側に至るまで、細々と描きました。以来、古山さんのスケッチ旅行はいつもヌメ革の鞄と一緒です。

「色が変化していくんです。使ってて手の油でだんだんだんだん色がついてきたり。体の擦れる部分ところがどんどんと光ってきたりとか。これなんかも初めの頃の色味なんですけれども、これがだんだんだんだこういう風に変わって、なんか雨に降られたりなんだりっていうのが残りますけども僕は帰ってそういう表情があった方がとても好きで面白いっていうのはあります」

長い時間をかけて自分色に染め上げた愛おしいカバンです。

ボストンバッグ

日本全国に主要な鉄道網が整備されたのは大正時代。
北は北海道から南は九州まで線路が伸びていきました。鉄道旅行は憧れの的となりました。

旅のお供に登場したのがボストンバッグでした。

口が広く開き、荷物の出し入れがしやすく、たくさん入ります。
アメリカボストンの大学生が使っていたということから名付けられたモダンなカバンでした。
ボストンバッグの美しさを追求する鞄職人がいます。

顧客の要望を聴きながらオーダーメイドで作る藤井幸弘さんです。

上質な革と高度な技術で作り上げる藤井さんのボストンバッグ。カバンを閉じた時側面に生まれる張り詰めた表情。今日2つ目の壺は緊張感を放つセクシーな横顔。

もともと機械の設計をしていたという藤井さん。

鞄作りも綿密な図面を引いてから製作します。

藤井さんがボストンバッグの材質として選んだのはブライドルレザー。
牛革に蝋を染み込ませ革の繊維を凝縮し強くした革です。
厚さはおよそ4 mm。
乗馬用の鞍や手綱によく使われます。作業が始まりました。
いきなり削りはじめました。 実はこれはこだわりの横顔を生み出すための作業。
指の感触を頼りに側面の丸いくぼみになる部分を削っています。
これが美しい曲線を生み出す秘訣なのです。
こちらは試作品です。
同じ材質の革で削り具合を確かめます。
「美しいと思う曲がり方、張りの出方になるように、どれくらいの範囲をどれだけ削るか試しながら削るしかないんです」
藤井さんの作るカバンはすべて手縫いです。
二本の針を使い麻糸で縫い上げていきます。
手縫いならではのひと針ひと針のリズムが革の表情を引き締めます。
いよいよ美しい横顔が生まれる瞬間です。
反発する硬い革を二人がかりで押さえ込み側面に美しい曲線を形作っていきます。
革のもつ張りと繊細な削りの技が相まって理想のボストンバッグが誕生します。
向こうっ気の強い娘が横顔の美しいレディに変身を遂げました。

東京浅草にある世界の鞄を集めた博物館です。
19世紀半ば船旅が盛んになると洋上の日々を快適にするためにこんな鞄も生まれました。
まるで小さな洋服ダンス。
アメリカで作られたこの鞄。
片方には夜間用のドレスやタキシードをかけました。
もう片方は引き出しです。
シルクハットをしまうスペースもありました。
この存在感のあるトランクはある日本人が所有していました。
K・西園寺明治。
時代から大正にかけて総理大臣などを務めた西園寺公望が第1次世界大戦終結のためのパリへの旅で使いました。
歴史の1ページを彩ったトランクです。
これは巨人軍長嶋茂雄さんの監督時代の鞄です。
遠征の時に愛用しました。栄光も挫折も染み込んでいます。
柔道家の山下泰裕さんが1984年のロサンゼルスオリンピックで使用したスーツケース。
金メダルの思い出も詰まっているかもしれませんね。
昭和の初めに作られたこの鞄。
特別なものを入れ、旅をしたと言います。
出てきたのは美しい漆塗りの道具。
浄瑠璃好きだった実業家が所蔵していた義太夫を語る見台です。
旅先でも自慢の喉を披露したと言います。
思いを込めて誂えたとっておきの旅行かばん。
今日3つ目の壺は晴れの舞台に寄り添うカバン。

取材先など

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