新感覚!籐(とう)のしなやかなうちわと軽いイヤリング!椅子や敷物だけでない東京の匠の技と挑戦▽思い出の椅子よみがえらせる椅子修理の魔術師▽夏目漱石愛用の籐椅子
羽田空港で人気!柔らかな風作る籐(とう)製うちわ▽軽く象牙のような艶!手触りさらり!高級家具や涼やかな敷物で人気の東京とう工芸は明治の洋風化で花開く▽漱石も愛用とう椅子▽伝統工芸の危機感じた工房三代目の新製品うちわ開発までの工夫と挑戦▽香りを風でアロマディフューザー!つけているのを忘れる軽さのイヤリング▽娘の思い出のとう椅子を初孫のため新品同様に修復する匠の誇りと技▽多彩で繊細で美しいとうの編み方
放送:2022年6月5日
イッピン
東京の空の玄関、羽田空港。夏になると、そこでショッピングの人気を集めているのが団扇(うちわ)です。この団扇の特徴は、渦巻き形のちょっと変わった骨組みです。
「軽く仰いだだけで気持ちのいい風が感じられます。」
「軽くて贅沢ですね。」
実はこれ、椅子などで使われる籐(とう)で作られた団扇です。籐の柔らかくしなる性質を最大限に活かしており、持っているのを忘れるほど軽いティアリングも籐製品です。艶やかでさらりとした肌触りは、籐だからこそできるもの。存在感のある家具から小物まで、可能性は無限大です。さらに、籐製品は傷んだものを修理して長く使えるのも魅力のひとつです。
最近では、長年愛用した椅子を再び蘇らせたいという人が増えてきています。職人の手によって、新たな命が吹き込まれた椅子。人々の暮らしにしなやかに寄り添う東京の籐工芸。その魅力と、それを支える職人たちの物語です。
「暮らしに合わせ しなやかに〜東京 籐(とう)工芸〜 」
東京神田。明治三十年創業の老舗料理店。こちらの店では、全ての部屋に籐の敷物が使われています。部屋の形に合わせ、隅々まで丁寧に敷かれた籐の敷物。この店の名物は熱々の鶏すき焼きで、籐のひんやりとした肌触りや通気性の良さは欠かせません。「敷物がないとお客様をお迎えできない」というほど、なくてはならない存在です。
この敷物を作っているのは、東京都内にある工房。木内秀樹さん、百年近く続く工房の三代目です。籠や家具など、籐工芸全般を手掛けています。中でも敷物は、創業当初から続く自慢の逸品です。つややかな高級感と通気性の良さから、料亭だけでなく、温泉やゴルフ場などでも愛用されています。
原料の籐は、日本では手に入りません。インドネシアなどの熱帯雨林が産地です。木に巻き付きながら約十五年かけて育つつる性の植物で、長いものでは二百メートル近くにもなると言います。「細い籐の幹は竹に似ていますが、竹が曲がりにくいのに対し、籐は柔らかくしなやかです。その特性を活かして編んだり巻いたりするのです。丈夫で軽いのも籐の特徴です。肌触りの良さや軽さが、籐の魅力ですね」と木内さんは語ります。
木内さんは、籐の中から用途に合わせ、最高の材料を選び出します。敷物に使うのは、ガラス質に覆われた美しい艶を持つ種類のみで、インドネシアまで直接買い付けに行くこともあります。
敷物作りは、一本一本の籐に糸を通し、一枚にまとめるところから始まります。糸を通す穴は表面ぎりぎりに開けられ、通した糸が美しく浮き出るように仕上げます。次に縁の装飾を行いますが、細い籐を切り落とさないように、水を使いながら丁寧に編み上げていきます。この作業は、熟練の職人でも一時間に一メートルしか編めないほどの手間がかかります。「一本でもミスがあると、次の作業に進めなくなってしまうので、注意を払いながら編んでいます」と木内さんは言います。
手間ひまをかけて編み上げられた敷物。日本で籐を使った本格的な家具が作られるようになったのは、明治時代からだと言われています。西洋化する生活の中で、籐の家具が流行に敏感な東京の人々の心を掴んだのです。
夏目漱石も、夏の暑い日には縁側に籐椅子を出して涼を取りました。大正・昭和初期には、都内の百貨店などでも夏の定番として、東京の籐工芸は流行の頂点を極めました。しかし現在は、安い海外製品の台頭などにより、厳しい状況に直面しています。
籐製品を作り続けてきた木内さんは、危機感を抱いています。
「新しい商品を作り、若い人にも伝統工芸をより良く知ってもらえるようにしないといけないですね。」
2017年に開発された籐のうちわは、東京都知事賞も受賞した木内さんの自信作です。最大の特徴は、3本の細い籐の芯だけで作られた渦巻き型の枠組みで、しなやかな籐だからこそ実現できた形です。籐と和紙で作られているため、驚くほど軽く、少し仰ぐだけで柔らかな風を届けます。
一見シンプルに見えるこのうちわには、木内さんの様々な工夫と技が生かされています。まず重要なのは籐の選定です。細い籐だけで形を作るため、後々型崩れしないように硬いものを選び取ります。これは、長年の経験を要する目利きの技です。選び取った籐は、12分ほど水に浸けます。次に専用の木型で形を整え、しっかりと固定し繊細なフレームを作ります。うちわの開発で最も苦労したのが、この木型作りでした。
持ち手には、昔から籐の特技であった「巻きの技」が使われており、滑りにくく手に馴染みます。のこぎりなどの道具にも使われてきた技術で、うちわの持ち手にもぴったりです。さらに、うちわを応用したアロマディフューザーも開発。風で揺れる籐の芯から香りが広がる工夫が施されています。また、水引の技術を応用した籐のイヤリングは、大ぶりながらも軽く、付けているのを忘れるほどの快適さが魅力です。
「こういうものも作れるんだ、という発見がありました。小物を通じて、伝統工芸を身近に感じてもらえるのではないでしょうか。」
子供でも簡単に持ち運べるほど軽いのに、驚くほど丈夫な籐の椅子。実は、作られてからもう40年以上が経っています。持ち主の東岡富美子さんは、昨年、初孫のはる君のために椅子を修理に出しました。この椅子はもともと、東岡さんの娘のために作られたものでした。
「食事の時などに普通に座って使っていましたが、少し大きくなったら使わなくなってしまいました。でもいつか、その時が来ると思っていたんです。」
修理を担当したのは、加藤克巳さん。実は、この椅子を昔作った職人でもあります。
「感激です。本当にありがとうございます。」
そんな加藤さん、今は修理を専門にしています。古い椅子の破れやほつれは、持ち主に大切に愛されてきた証拠です。加藤さんは、息子の優希さんと共に、年間2000もの椅子を直しています。椅子の骨組みはそのままに、破れた網などを修理し、まるで新品のような仕上がりにします。
籐椅子には、いくつかの定番の編み方があります。こちらは八角籠目編み。中央が八角形になった繊細な網目は、籐椅子の定番です。網目が細かい網代編みは、椅子の座面にもよく使われます。ざる編みは、籠などに使われた籐の心地良さが特徴です。
設計図などがない中での椅子の修理も、加藤さんの手にかかればどんな編み方でもお手の物です。特に手間がかかるのが、イタリア製の椅子で、わずか3ミリの細さの籐を使っています。この椅子を修理するには、約3日かかり、他の椅子の倍以上の時間が必要です。柔らかく切れやすい籐を使うため、まっすぐ編むだけでも一苦労です。
「慣れればどうってことないんですけど、最初はやっぱり特殊なやり方なので、慣れるまで大変でした。」
中でも加藤さんを悩ませたのが、日本の椅子にはない橋のデザインです。若い頃はやり方がわからず、何度も挑戦してようやく習得しました。
「やって外して、やって外して、何日もかかりましたね。今では一本あたり2、3日でできるんですけど、当時は一週間、二週間かけて取り組んでいました。それでも断らなかったのには、職人としてのプライドがありました。」
「職人として断るのは嫌です。断ったら、今後はできないままですからね。当時の経験が今の自分を支えていて、仕事も取れるようになった。だから断ったら終わりです。」
この日、加藤さんのもとにロッキングチェアの修理依頼が舞い込みました。訪れたのは、長年大切に使われてきた椅子を修理してほしいという依頼主。依頼主夫婦が結婚してすぐに購入し、家族が集まる場所にいつもあった大切な存在だといいます。
「もう長く使ってきたので、この際しっかりとお願いします。」
加藤さんはさっそく修理に取りかかります。まずは、もろくなった巻きの部分を丁寧に外していきます。巻くときに特に気をつけるのは、斜めにフレームが分かれるところです。ただ巻くだけでは滑ってしまうため、斜めに通して引っかかるように巻き、見た目にも美しく、強度も十分な仕上がりにします。
加藤さんはどんな作業でも素手で行います。
「手先の感覚が大事です。手は滑りにくいんですよね。これは説明が難しいですけど、道具よりもやりやすいんです。」
加藤さんが修理を専門にするようになったのは、およそ20年前。バブルがはじけ、特注品の製作が少なくなってきたことがきっかけでした。一から作るのとは違う、修理だからこその喜びがあるといいます。
「修理を頼まれる方は、結婚当初に買ったとか、思い出のある品なんです。だから、こんなに綺麗に直るなんて思いもしなかった、とよく言われます。そういう時は、こちらも感激しますね。」
修理が終わり、いよいよ持ち主の元に椅子が戻ります。
「これでまた同じくらい長持ちしますね。あと40年は使えそうです。ありがとうございます。」
思い出の椅子が蘇りました。
「自分で納得できる仕事ができたな、という瞬間が長年の仕事の中で何度かありました。そんな時はやっぱりいいなと思いますね。」
現代の生活様式に合わせて進化しつつも、古いものを大切に守る手わざの工芸は、しなやかに未来へと続いていきます。