日曜美術館「 ルーブル美術館 (2)永遠の美を求めて」

ルーブル美術館

ルーブル美術館 を8Kでとらえたシリーズ、今回は19~20世紀を描く。革命、近代化、戦争、激動の時代に人々が求めた芸術を見つめる。この時代、自分たちの芸術とは何か?画家たちの葛藤が傑作を生み出す。ドラクロワが革命と自由を描いた「民衆を導く自由」。“真実こそが美である”と語った画家ジェリコーの言葉は今も響く。そして祈りと希望を描いた傑作。フェルメール、ラ・トゥール、至宝が語りかける闇と美の人間の真実。

【語り】柴田祐規子

放送:2020年5月24日

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日曜美術館「ルーブル美術館(2)永遠の美を求めて」

ルーブル美術館。

美の殿堂は16世紀の初め、イタリアからもたらされた一枚の絵画とともに歩んできました。

モナリザは世界の至宝がこの地に集められた歳月を見つめてきました。

19世紀。世界は激動の時代を迎えていました。

革命。近代化。やがて来る二度の世界大戦。

激しく揺れ動く時代。

人々は芸術に生きる力を求めます。

永遠なる祈りと共にありました。

時を越えルーブルの至宝は問いかけます。

我々とは何か。

シリーズルーブル美術館。

今回は19世紀から20世紀前半をたどります。

革命が繰り返された19世紀。

ルーブルには膨大なコレクションがもたらされ、ほぼ現在の姿となります。

民衆を導く自由

赤の間に、激動の19世紀を象徴する一枚の絵画があります。

1830年に起きた7月革命を描いたものです。

ウジェーヌ・ドラクロワ作《民衆を導く自由》

粉塵が舞い上がるパリの町で圧政に争い立ち上がった民衆。

中央で三色旗を掲げる女神。自由の象徴です。

そこに立つのは天上の汚れなき女神ではありません。

瓦礫を踏みしめ煤にまみれ、胸をはだけ、民衆を鼓舞する力強い女神です。

武器を持って戦うのはブルジョワ。労働者。学生など異なる階層の市民たち。

彼女はこれ以上冒涜されないために戦う民衆の娘だ。

激動の中で名もなき市民が求め続けた自由。怒り。悲しみ。そして希望。

この絵はルーブルで公開され、熱狂的に迎えられます。

民衆はそこに自らの姿を見出したのです。

19世紀後半もうひとつの女神がもたらされました。

サモトラケのニケ

古代ギリシャの彫刻サモトラケのニケ。

船の上に立つニケは勝利の女神。

古代エーゲ海の民が戦の勝利を祈り彫り上げました。

翼を広げ天から舞い降りた姿です。

薄い衣が覆う豊かな胸。

翼を織りなす一枚一枚の羽は、

降り立った瞬間の躍動感に満ちています。

1863年フランス人によってエーゲ海のサモトラケ島で発見されました。

土の中から見つかったいつもの大理石の塊をつなぎ合わせ復元。

2000年の時を超え、女神の姿が蘇りました。

1889年。近代化が進むパリで万国博覧会が開かれます。

フランスの力を世界に示す万博。

シンボルとして建設されたのがエッフェル塔でした。

社会の豊かさを支えたもの。

それは産業革命でした。

パリには地方から人々が大量に流入します。

多くは工場労働者となって社会の繁栄を底辺で支えました。

寄るべない都会での暮らし。

「ああ、ついに一人きりだ。恐るべき都会」

この時代パリ市民の間で大大人気となった一人の画家がいます。

17世紀のオランダで活躍したヨハネス・フェルメール。

レースを編む女

その絵は19世紀後半、ルーブルに収蔵されました。

一際小さな作品でした。

《レースを編む女》

縦24センチの画面に描かれているのは女性のありふれた日常。

無心にレースを編む姿です。

静けさの中の一人だけの時間。

女性の姿は淡い光に溶け込むように柔らかです。

しかし一箇所だけくっきりと際立つように描かれている場所があります。

それはレースを編む手元。

まっすぐ貼られた二本の糸。

無心にレースを編む女性の心の在処。

日常の何気ない幸せです。

社会が目まぐるしく変化し進化し続けた19世紀。

パリの市民が求めたささやかな世界です。

近代化が加速する中。

人々は心の拠り所を求めるかのようにフランスの過去の芸術に目を向け始めます。

1134年。南フランスの小さな礼拝堂で見つかった名もなき画家の作品。

中世末期に描かれたピエタ。

ピエタとは死せるキリストを抱いて嘆く聖母マリアの姿。

黄金の中に漂う深い悲しみ。

15世紀。人々が祈りを捧げた傑作です。

十字架に釘で打たれたキリストの亡骸。

全身に残る鞭の跡。

槍で突かれた傷から滴る血はまるで涙のように透き通っています。

老婆のような深い皺が刻まれた聖母マリアの顔。

我が子を失った苦しみ。

芸術が神への祈りそのものだった400年前の遺産。

この作品は多くの市民の心を揺さぶりました。

19世紀。フランスの画家たちに大きな変化が生まれます。

自分たちの生きる時代の美は何か。

これまでの神話や聖書の一場面ではない。

社会を映し出す普遍化された人間のテーマに挑み始めたのです。

メデューズ号の筏

テオドール・ジェリコーが描いた《メデューズ号の筏》

19世紀初頭に起きた軍艦の難破事件を描いたものです。

食べ物も水もなく13日間漂流。

130人が命を落としました。

フランス国家は当時この事実を隠蔽しました。

画家は誰からの依頼も受けずこの事件を絵にしました。

青黒く変色した屍。

無残な現実を描くため、画家は実物の死体をスケッチしたといいます。

絶望の中、彼方に船の影を見つけます。

必死で救いを求める姿。

先頭に描かれているのは当時フランス社会の底辺にいた黒人の青年です。

見捨てられ無名の人々。

果たして救いの船は来るのか。

悲惨な現実を描いたこの作品は当初、激しい非難を浴びました。

しかし画家・ジェリコは語っています。

「真実こそが美である」

自分達の求める美を楽園の中に見出した画家もいます。

フランス近代絵画の巨匠のドミニク・アングル。

最晩年に描いたその絵は画家の奔放なまでの感性があふれる傑作です。

《トルコ風呂》

まるで覗き穴から垣間見たかのような世界。

浴槽の周りにいるのは一糸まとわぬハーレムの女性達です。

この絵を描いた時、アングルは82歳。

トルコを旅したことはなく、多くは想像です。

美しい後ろ姿の女性に、画家は裸で楽器を奏でさせました。

身を寄せ合い愛撫しあう二人。

当時のフランスでは禁断とされた行為です。

生涯女性の裸体を描き続けた画家アングル。82歳。

人生の最後にたどり着いた美の結晶です。

20世紀初頭。

ヨーロッパを第一次世界大戦が襲いました。

フランスは戦勝国となったものの440万人が戦死。

ヨーロッパを憎しみが覆った時代。

歴史の忘却の中から浮かび上がってきた一人の画家がいました。

ジョルジュ・ドゥ・ラトゥール。

17世紀。宗教戦争の最中に人間の奥底を見つめたフランス人画家。

20世紀の戦争の時代。

その作品はパリの市民の間で評判となりました。

ダイヤのエースを持ついかさま師

《ダイヤのエースを持ついかさま師》

ポーカーの原型となったゲームで賭に興じる姿です。

カードを持つ男はどこか気のない素振り。

中央の着飾った女性の視線はなぜか給仕に。

そしてどこか幼さを残す豪華な衣装の若者。

彼は3人の、いわゆるカモです。

ゲームの最中、ドレスの女性が指で男を促します。

それはいかさまへの合図。

男の右手には複数のダイヤのカード。

一方若者から見えない左手には。

ダイヤのエースが。

役に立たないクラブのエースとすり替える瞬間です。

たくさんの金貨をかけた若者。

4枚のカードを握りしめるのは、苦労を知らぬ白い手です。

疑いもせず目の前の企みに全く気付きません。

か弱きものを平然とあざむく冷徹さ。

騙し通す狡猾さ。

欲望の為に他者を欺き奪う。

それは20世紀前半世界を覆った人間の闇でした。

1939年。第二次世界大戦が勃発。

フランスはヒトラー率いるナチスに敗れます。

対戦中、ナチスは占領した国々から大量の美術品を奪いました。

しかしルーブルは開戦間際に作品を避難させます。

4000点もの美術品をフランス各地に隠したのです。

ミロのヴィーナス。サモトラケのニケ。そしてモナリザ。

しかし守りきれずナチスに奪われた作品もありました。

16世紀に作られた宗教彫刻の傑作《聖マグダラのマリア》

かつて娼婦だったマリアはキリストによって聖女に生まれ変わります。

その身にまとうのはただ長い髪の毛だけ。

菩提樹から彫り出された体。

500年を経て絵の具が剥がれ落ちた足元。

マリアはイエスの復活を見届けた後、洞窟にこもり、一人祈りの日々を送ったと言われます。

イエスのいる天に向かおうとする姿です。

16世紀に造られて以来、数え切れない人々がこの像に祈りを捧げてきました。

戦争や憎しみに満ちた世界で生きてゆく。

それでも、その眼差しは人間そのものへの無限の愛に満ちています。

ナチスからループルに戻った聖マグダラのマリア。

今も祈り続けています。

1945年。第二次世界大戦は終結。

フランス各地から4000点を越す美術品がルーブルに帰ってきました。

無数の魂が築き上げてきた美の殿堂。ルーブル美術館。

どんな時代も人間は美の永遠なる尊さを求め続けてきました。

自分たちが何者かを知るために。

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