「バベルの塔」を漫画家・ 大友克洋 が語る。16世紀、激動の時代を生きたブリューゲルが絵に込めたメッセージとは?自らバベルの塔の内側を描いた大友が発見したものとは?
16世紀にヨーロッパで活躍したピーテル・ブリューゲルの代表作「バベルの塔」。60cm×75cmの1枚に1400人が緻密に描き込まれている。激動の時代を生き抜いたブリューゲルが絵に込めたメッセージとは何だったのか。緻密でどこか不気味なブリューゲルの作品世界に大きな影響を受け、自らもバベルの塔の内部を描いた作品を制作した漫画家・大友克洋をスタジオに招き、存分に話を聞く。
【ゲスト】漫画家…大友克洋,【司会】井浦新,高橋美鈴
放送:2017年5月28日
日曜美術館「ブリューゲルX大友克洋」
「ブリューゲルの緻密な感じが僕の好みに合っていた感じがします」
・バベルの塔の魅力を大友さんはどのように感じているのか
「構造物を書いているが、すでに不気味です。破壊される状況を孕んでいるというか、不穏な感じを受ける絵という気がします。水平線が真ん中にある。天と地の境目。人間なのか、紙の目線なのか。アイレベルが不穏な感じです。意図しないとこのような水平線は描かないですよね。その真中にバベルがあって、すでに膨らんでいる感じがする。中に何かが、人間の強欲みたいなものが詰まっているみたいな。いかにも破裂しそうな」
・人が1400人描かれている
「拡大すると一筆くらいのタッチなんです。この絵は寄らないとわからない。よく見ると中に建物があって生活している感じがある。ここがすばらしい。細かく描くというより、細かく書かざるをえないのです。中に入っていくためには。シャドウが暗くなっていてわからないのですが、きっと街があって人が住んだりしているんだろうと思います。もちろん上の方は建設中ですが、下の方は生活感がかなりある。
洗濯物が干してあったりするのです。ということはある種の世界を描こうとしているのかもしれないですね。塔の中が一つの世界だと考えて描いているのかもしれない。それを閉じ込めて壊そうとしているのではないですか」
・細密に描く楽しみとは
「漫画を大きく描くと絵が入ってくるのですが、僕はコマを限定してコマの中にいる人間がどんどん入っていくように奥行きをつけたいなと思って描いている。世界の奥行きを(ブリューゲルは)描いていると思います。奥へ奥へ描いてゆく。絵は描いてゆくと発見がある。何かと何かを描いて、その横に別のものを描いていくと別のものが生まれたりする。そんな風に奥にそして世界が広がっていく気がします」
・大友さんが惹きつけられる絵が「雪中の狩人」(1565)
「小学校の教科書に載っていた絵だと思います。池に張った氷の上で村の人達が遊んでいるのだと思います。冬は日が短いと思います。あまり獲物が取れたと思わない狩人がいます。みなうなだれているし。獲物もないし。誰も正面を向いていない。楽しい冬の風景を書いているわけではないのです。風物詩を描いているというのではなく、閉塞感。時代の持っている雰囲気かもしれません。物語世界に誘われている絵です。わかりやすい絵ではない。寓意のようでもあり、全体の暗さの中に見ている人は誘われていく気がします。僕らには想像もできない時代でしょうね。中世なんて。闇が深い。森へゆけば妖怪がいたり、怪物がいたり。これはもっと、呪詛であったり呪いである、逆の感じがするのです。ルネサンスの明るさはほとんど見えない。そこがブリューゲルが好かれている理由でしょう」
・大友さんが書かれた「大友版・バベルの塔」です。
「実物より大きいのです。依頼を受けて最初は壊れたやつを書こうかなと思ったのですが、いつも壊れたやつばかり描いているので、またかと言われるのもなんなんで、中を開いてみようと思いました。」
「遠近法をまた勉強しました。遠近法でも辻褄があわない。これは現実に作れないんじゃないのという。描けば描くほどそんな感じがするんです。ブリューゲルも構造計算をして描いているわけではないので、それよりは見た目重視で、自分でやっていると分かるんですがおかしいんです」
・いちいちトレースしたわけですね
「それをやらないといけない。最初遠近法とか構造力学的なことを考えていたんですが、そんなことはどうでもいいことだということがわかりました。ぼくはそういうふうに入っちゃうんですが、ブリューゲルはそうではないと思います。こういう絵を書きたかったというだけで描いている。それにしてはよく構造が描けていると思います。一枚の絵をトレースしていろいろ考えたのは初めてです」
・ブリューゲルの細密性から感じ取ったものとは
「自分のかはタイ世界観、持っている世界観を表現することとはこんなものなのかということがわかった。内部に内部に入っていく。奥行きを描く。この絵はすごいと思います」
・ 人を描くこととは
「そこに生活があって工事現場で働いている人間はどうやって生活しているのか。等の中に住居もあって、そこから建築現場に歩いていくんだろうなとか、ストーリーを考えながら描いてました。そうやって描いていくとどんどん入っていける」
・30年前に大友さんが描かれたバベルの塔を思わせる絵があります。「未来都市」(1984)
「螺旋というより、高層建築を寄せ集めてつくろうかなと考えた。
平面よりも垂直面に人が集まると考えていた。何かを閉じ込めているというのが好きなのかもしれない。ここからこわれて、言語が世界中の言語が分かれてしまう。バベルの塔の中に一つの世界があったのではないか。それが最初の世界だった。その世界が壊れて、平面に、地球上に広がっていくことを考えると、一番最初にこの中に世界があったのかもしれない。そういうところに惹かれるのかもしれないですね」
「ブリューゲルの絵は、どの作品を見ても後ろ側に何か伝えたいものがあるような気がします。それが寓意であったり警鐘であったり、いろんな形で出てくると思うのですが、きっと自分がその社会、社会というか時代の中で生きていて、自分の言いたいことが絵になるのだと思います。時代が変わると「アキラ」みたいなことになる。今を描くと思うのです。ブリューゲルは今を描いていたのだと思いますよ」
「客観的に時代を描いていると思います。それを今の時代にも当てはまる気がしますけどね。世界を引いて見る。目線を人間の目線より上げて見ると世界がもう少し見えるのではないかと思うような気がします。宇宙からの目線で地球を見ると、そんなところでなにをやっているのという感じになるじゃないですか。この絵は視線が上がっているのでいい絵だと思います」