日曜美術館 「 田島征三 いのちのグリグリを描く」

田島征三

絵本作家・田島征三(たしませいぞう)、80歳。年を重ねた今も、絵本を年に5冊のペースで制作。数万の木の実で作るアート作品や、廃校を利用した巨大立体“絵本”など、創作意欲は衰えを知らない。今、こん身の力で向き合うのが幼少期の体験。自然の中で、暴れる河魚を素手でつかんだ感触だ。今も手のひらに残る命のひびきをどう形にするのか。新型コロナの影響で家にこもるしかなくなった中、自らと向き合う田島に密着する。

放送:2020年10月4日

日曜美術館 「田島征三 いのちのグリグリを描く」

この作品と一体化してて
こういう所へ泊まってくれてる
田島征三と言います
絵本作家として一番こう通ってるまあ
それ以外にも出かけて行って作品を作る
今帰ってるよもうくら信州の森の中で
最大何個のサイコロ仕上げよう
こびりついた絵の具がもったいなくて
前日会聴き
たいというそういう魂胆ですか
了解てんのかわかんない
スタジオになっちゃおしまい
だよっていうことは常にね
自分に言い聞かせて
誰が持っているものっています
すごい大事な物を置き忘れていくことない
褒められていいところはヘタのまま
上手じゃないまま垢抜けないままろく
じゅー年近くやってる
ということがすごいですよね
これは明日だったから
もう今日とったら明日新しい
僕なんか言って言って言って
これぐらいになるとも食べれるんだけどね
イチジクの原種でしょうねなってるものは取らない
うちだけ色という
あのそういうスローガンお家建ててるんだ
けどそのこと言うと何て言うのは優しい
木の実おじさんみたいないやだけど
なんかできないんですよね
そういうことだちゃおある日
山犬は大声で痛くなった
山犬は力いっぱい超えた顔
山犬の元気は体から全部呼び出してしまったから
遊んでたそうだと思いますね
あんなになんで
もうまく使った絵とか作って
ちょっと天才ですよ
土から生えてるものは
何でも材料だと思ってるんでしょうね
だから当たり前に
絵の具とかさんと一緒のように持ってきて
やれるって不思議な感覚ですね
僕はの田島征三の絵本の原点は
やっぱりノアの高知の田舎に
ご歳ぐらいから
だったかな
あの子供時代にちょっと水の中で暴れまわって
怪我をしながら
そうやって彼自身がこう肌で感じたものが
全部の作品を
ベースになってるような気がしますね
そこで待ったなんて大好きな金ですけれども
あのこのエネルギーのエネルギーは
おそらく手の中で暴れまわっただ
と思うんですよ
でカマキリだったり
結構やられると痛いんですよね
そういうものを彼は全部わかってるから
あの時のあのバッタの凄さを
子供の時の感覚のイメージを使うと
その日までを
9月6日って飛んでいくようなバット作り
経ってしまって
強いのこんなすごいもんなんだ
よってことを言ってるんだけどね
バッタは下へ下へと落ちていった
もうダメかと思った時
バッタは夢中で羽をばたつかせた
バッタはとんだ高く高く
色んな羽で自分の行きたいほう
風に乗って飛んでいった
バッタは荒地を越えてはるかに飛んでいった
忙しいですけどいろんな
仕事が3月
製造さんは自分にとって特別な体験を
絵本にしようとしていました
ママと一緒の話でね
毎日可愛くていろんな魚をさばいたり
切ったり手づかみにするっていうのがおかしい
鼓動と言うか渦巻きと言うかね
そしてそれが大きいほど
逆に逃げられると言うことになるわけ
ですその時の悔しさとか
喪失感とか来た時にも
心臓裏から裏と思ってからご飯
元気にしてるみたいなやっていう喜びと
また逃げられるかもしんないっていうね
不安感とそれを今でも覚えている
というよりかも
ずっとこの手のひらの中に残って
少年ができないような体
の動きをするもんだから
ズボンが聞いてさらっと言って後で終わってる
何回も公演を重ねるという事
やってないような書き方で絵本を書きたいな
それを目指したんだけど
すでに描き始めていち年近くが経っています
今日の3月
25日の時点のポセイドンさんの中
ではどれ
くらい終わってるっていう感覚
実務的には
ほぼ全然できてない
ということになるわけだけど
何時があり全体的に
見渡せるような感じにはなってきてるね
こんな終わりそう
せいぞうさんの創作は
絵本の中に止まりません
じゅーご年前に廃校となった小学校
ここに物語を体感する作品
名付けて空間絵本を作り出しました
主人公は大好きだった学校に通えなくなった
さん人の子供達空っぽの学校に忍び込み
愉快な音を響かせます
すると学校の中に眠っていた
楽しい思い出が飛び出してきます
廃坑が再び輝きだしました
どんな時でもそうですよ
あの障害を持って
たり体が弱かったり
母親であったり赤ん坊であったり
そういう人たちが
一番の犠牲になりやすいですよね
戦争でもコロナウイルスでも
だからやっぱり自分の装着の音っていうのは
常に犠牲になる人たちの怒りを表現する
というところへ今までもそうだったんだけど
夜中夜中
そんなにあの女
一本絵かきの無双するように
うまくいってないですから
今までも忍者
絵本かとしての原点となる作品があります
昔のにじゅーに歳の時に
手作りで作った絵本です
滋賀県高知から上京し東京の美術大学に進学
在学中に手作りした絵本
縛ってんしばテントは故郷
高知に伝わる力持ちの妖怪
主人公の太郎は
その生まれ変わりだと言われていました
あまりにも力が強いことを気味悪がられ
やがって村を追われます
千葉店を描くきっかけとなった
小学校時代のある出来事
展示という少年がね村に流れてきて
あいつは犯罪者の子供だって言う
んでブラジルで強い敵食べたんですよね
終わる時その学級の本がそれを読んでも
しょうがないから
どこまで飛ぶみたいな感じで
遊んでたんですね
そしたらコーチをやってきてね
こういう悪いことする奴は戦時じゃろ
チェンジに決まってくる先輩なんですよ
打たれちゃって
すごいな小栗栖で住めるんですよ
もう鼻血がいっぱい出てんのに
そんな人みんなでやったこと難波ダイキ
その時いなかったんだから
何言ってん先生ひどいじゃないか
立ち上がって言わなきゃいけないんでしょ
あいつは痛くないんじゃないか
あいつはなくなっても
平気でいられるんじゃない
かみたいなと勝手な言い訳を
自分の勇気のなさに9月ちゃうんですよね
そういうことだが
抵抗するべきだったのはできなかったって
いうのほんと川柳を守れなかった
もうちょっと丁寧にそういうの
いたずらランキングを調べたんだけど
最初に出てくるのは誰か
こっち来ちゃうん
で適してる人がそのレストランの好きで
3年生までは
無意識で物語とかを書いていて
ちょっと4年生意識で書いてやかんの
物語を物語を考えて書いたもんで
ちょっと絵と文が合わなかったり
とかするのがするからでもいいけど
意識しすぎるといけないかも
しんない人の
言うこと気にしなくていい映像と言います
女房の気合です日ノ出町に畑を耕したり
八木や鶏を買って
のんびり暮らしながら絵を書いています
さん冊目の絵本が外国の賞を受賞し
一躍売れっ子作家となっていた
せいぞうさんは都会を抜け出し
東京の郊外に移住します舞い込む仕事
に追われる日々を捨て
自分が描きたいものを描こうとしたのです
動物や自然と共に
生きる暮らしに心惹かれました
東京にもこんな山があるかと思うよね
空気はいいだけどよ負けた負けた今日
私はです当時
よく馬のスケッチをさせてくれた
人を訪ねました宮岡たきおさん
製造さんにとって兄のような存在でした
仕事に役立ててた尿馬方さんっていうのの
もう最後じゃないですかね
良い思い出だね
働けて嬉しい武雄さんの娘のなほこさん
撮影に来たのかと思った
今やってこうやってポーズして
モデルやった記憶がまだ起きてそうだね
移住し
てさん年目のお子さんをモデルに
絵本を書きました
集落に残る人と大地の結びつきがテーマでした
ふきまんぷく見て
ごらん背の高いふきが少し体をゆすった
するとあの上の幼虫は
いくつもの小さな玉になって転がり始め
たんちゃんも滑ってみたい親
お前もふきというの
買えそうよみんなが向くというのあたし
ほっぺたがふっくらしててまんぷくみたいでしょ
ふきまんぶくなら柱の子供だな
いつのまにかふきちゃんは
大きなフキの葉っぱに乗って入れて
フキの茎を滑り落ちて
そのままふきちゃんは
土の中にストンと入った
なんだか眠くなった好きな
服はおやすみ春になったら
仲間たちと出ておいで
それまで土がお前を抱いていてくれるや
温かい土の匂いに包まれて
ゆきちゃんは眠った
結構知り合いも
この本の事知ってて
出してモデル行ったの繋がってる
久しぶりに飽きちゃうからダメ
恋って言葉でごめんね親しく付き合うと
いうような映画でびっくりしてるんだ
落ち着いて土を耕しながら
生き物生活っていうのね
本当にこの人生で一番天下みずみずしくて
いい仕事ができたじゅー年間ですね
1970年からはちじゅー年まで
そんな時代ですよね
そういう手もあるから
4月上旬製造さんの仕事も新型コロナ
ウイルスの感染拡大で
大きな影響を受けていました
本当は今年の7月ぐらいから
できんでねてんだったんだけど
だから今頃はそろそろ駅に行ってできることは
絵本を書くことだけ思いがけず
手に入った時間作りかけの絵本に向き合います
真剣に絵を書かなきゃ人生終わりに近づい
てるのみたいだね
ことが言われてるんじゃないかと思って
成功しなかった
でもうちょっと大胆に使って
こちょこちょまた暖かくなったね
色々作る4日後
担当の編集者に今の悩みを打ち明けました
なんかやっぱりでひっくり返ってると
正確になってくるんですよね
これなんか親指の方
がこんなにこれ書き直したりし始めるとね
どんどん普通の絵になって言って
ちゃんとしたいんだって行くんですよね
もう一つ先へ行くにはどうすればいいか
みたいなことをあんまりやっちゃうとね
それほど前パック
わんG買ってきちゃったりするけど
厳しいところだそうですねいち
まんえんの絵画で表現するとまた違いますね
陽岱鋼の兄若い時に書いた作品ですね
今自分で見ても
やっぱ凄いなあと思ったりしますけど
体力も落ちて精神力も弱まっている今
どうすればあれを
昨日のような力強さが出せかって言う
それやっぱり絵の具とか筆とかの勢いそれ
から空間をこれだけあげれば
それは逆に出せるとかいのちのぐりぐりを捕まえる
八十歳を超え
このテーマに挑むのには理由がありました
よんじゅーきゅー歳の時
移住先の森に
ゴミ処理場を建設する計画が立ち上がります
製造さんは反対運動を始めます
小さな命が脅かされることを
見過ごせませんでした
森の中にもぐら土地を買ってね
そこに遅いように左側があるから
もう巨大処分場できないんですけど
行政としては
9月に修行っていうことがあるわけですから
どんどん周り気を切り始め
ま僕らの家の周りに歩きでね
エゴノキがあったんですがその気
をもうあの朝から頑張れ
あの友達みたいにしていたんだけど
やっぱ喋る手掴んで舎人くってね
もうあのダンプカーに瓦礫と一緒に放り込む
それ見て許せないって
もうこれ以上は僕の友達を乗り切って
ぐちゃぐちゃにするんだったら
俺を無茶苦茶にしてくれていいんだ
と思っては
そういうね馬鹿な本当に馬鹿ですよね
アルファー喋るのここに溢れはったんこれ
困ったやったら僕の両手首切断ですよね
そうやっちゃったね
実情を知ってもらうと全国を回り演説する日々
絵を描く時間はなくなりました
それももうあの一週間に週間じゃなく
もう1年に年っていう
単位で仕事らしい仕事ができなくなる
そりゃオープン仕事をしたい時期でしたからね
そういうイライラとかが
あの家族に四角つけられないから
私もしょっちゅうぶつけてましたけど
例えば今私の子
大事にして物を壊したりとか
めちゃくちゃに壊したりするんですよね
本人の実話でも
壊すんですはち年後
心と体が悲鳴をあげます
彼岸でしたごじゅーなな歳療養のため
30年暮らした森を後にします
新たな地で製造さんを迎えてくれたのは
昨日見でした
木の実との甲斐あって作る後は
僕にとっては
植物達への鎮魂から物言わない
生き物たちの代理人
として僕は植物達と連帯していた
その気持ちが
木の実と僕をより強く結びつけた木の実は
何になりたがっている
探そう探そう失くした夢を探そう探そう忘れた
きっとどこかにあるはずだろくじゅー代
そしてななじゅー台
描けなかった時間を取り戻すように
表現の幅を広げていきまし
た八十歳今ようやく
自分の根っこにあるものと向き合う日々です
あの処分場のこと
ベトナム戦争のことの気持ちがあったから
今この表現が可能になってるんだいうふうに
人生流れてきた先で考えてる自分と
そんな金の真っ只中にいる時の
自分とは違う感覚であったら書きたい
自分も申し込んでね悔しいと思いながらね
この戦いが終わったら桐龍の絵を書くのに
そんなベトナムの廃棄物処分場も関係なく
面白い隠れそういうことを考えながら歩いてた
自分っていうのはやっぱりすごい
今考えると愛おしいし
それがあったから今かけてるって言うの
厳然とあるん
だあのそういうことだったかな
覚えてないってことで連絡ビデオになってる
動いてる4月
全国に緊急事態宣言が出された中で
清掃さんは机に向かい続けていました
同じ場面をもう一週間ぐらい書き続けてるから
これで一冊の本になった時に
これはすごいって覚えるかどう
かっていうなんか
すごい苛まれているこの絵本は
すごいぞ思えるようになってくるっていう
繰り返しよこの半世紀以上やってきたんだけど
今回は出来上がったんだよねけど
そういう気持ちには今はなくて
明日完成した時どうかそんな一瞬です
4月19日絵本は完成しました少年
時代の特別な体験と向き合った一冊です
捕まえた田島征三川の浅瀬に
大きな魚のんびり淀みの中でじっとしている
そっとそっと近づいていったら
足が術真っ逆さまに水の中伸ばした指が
魚に触れた種類と逃げた逃すものか
逃がすもんか中でヌルヌルにグリグリ
命が暴れる捕まえた
僕が捕まえた僕の魚だ
魚を抱いて抱かれる夢を見た目が覚めると
魚はぐったり草の上死んじゃだめだ
死んじゃだめだ
生き返れ魚は生き返った暴れてもがいて
僕の手から逃げ出して川の中
そのまま泳いでいってしまった
あれなんかも良かったじゃねーかっていう音
消して諦め
て自分を慰めてるんじゃなくて
あのやったじゃない一生懸命だったじゃないか
全て俺が夢みたいに消えてもいいじゃないか
頑張ったじゃないかって言うね
そういうあの涙流しながらこう
もう一度元気に立ち上がって行こうって言うね
そういう気持ちっていうのが
いっぱいあったから
僕もこうして生きていくわけで
今回のようにもう集中して
毎日毎日この本の中の絵と向かい合って
っていうのは吐いた時以外
意外かもしんないね
出来上がっても
やっぱ確固たる自信があるっていうなんか
能天気な画像感じてんですけどね

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aerith
ガジェット愛好家です。世の中にあふれるモノゴトはすべてヒトが作り出したもの。新しいモノの背景にある人の営みを探るのが大好きです。発見した情報はまとめて発信しています。