美の壺「風雪に生きる 東北の温泉 」

美の壺「風雪に生きる 東北の温泉 」

冬の東北、一面の雪景色に彩られた山あいに、今日もモクモクと湯気が立ち上る。美しく温かい、東北の温泉の最高の姿を集めて東北縦断! 福島・吾妻山から湧き出る源泉を、淡い空色の「にごり湯」に変える、温泉の魔法使い・湯守の技とは? 長い年月をかけて「湯舟」をしっとり輝かせる高級木材・青森ヒバの秘密とは? 岩手のわびた「湯治場」には風雪に耐えながら湯とともに暮らしてきた、おおらかな日本の原風景がありました。

【出演】草刈正雄,【語り】木村多江

放送:2018年11月30日

美の壺「風雪に生きる 東北の温泉 」

プロローグ

東北屈指の名湯。

鳴子温泉郷。

370本以上もの源泉。

様々な湯があります。

江戸時代から続く老舗旅館は・・硫黄を含んだ白い濁り。

アルカリ性の肌に優しいなめらかな湯です。

わびた佇まいの温泉旅館では・・

黒湯と呼ばれる渋みのある濁り。

湯に含まれた鉄分が色に深みを与えています。

そして町の人たちの共同浴場は風呂を明るく照らす萌黄色。

これも硫黄が作り出す別の顔。成分や温度が僅かに違えば姿を変えるお湯の不思議です。

個性的な濁りには温泉が湧き出る場所の地層が影響しているといいます。

「鳴子は火山の温泉ですので他の温泉と違って温泉のある場所の温度が高い時もありますんで岩からいろんな成分が溶け出してると思っています。それが地上に出てきて色々変化してにごり湯の元になったのだと思います」

今日最初の壺は湯は大地の色。

福島市の西。その硫黄の強さを誇る高湯温泉。

ここにも知る人ぞ知るにごり湯があります。

ほんのり青い乳白色。高湯独特の硫黄泉の濁りです。湯を最高の状態に保つのが湯守の仕事。

この道40年遠藤淳一さんです。

「ちょっと青みがかってるとちょっと見えるぐらいの濁り加減のほうが力があるような感じを受けてます。温泉というのはなかなかそれだけの簡単なもんじゃないですしお湯の力を保ちながら良い濁り具合を作ります」

遠藤さんの露天風呂の湯は吾妻山の山腹から湧き出ています。

源泉までおよそ200メートル。冬の間も二日に一度は山に分け入り、湯の状態を確認します。

源泉です。

高濃度の硫化水素を含む硫黄泉。温度は約50度。

色は濁っていません。

「源泉は無色透明なんです。一番いいのは源泉の近くで入ればいいのですが、薬も強すぎると毒になります。温泉の成分を残しながら持っていく」

荒々しく力強い源泉。

これを強すぎず弱すぎず入浴に最適な状態に仕上げなければなりません。

その工夫が湯樋。

幅を広く設けて空気により触れさせることで硫化水素のガスを抜き、同時に温度も下げます。

すると湯に変化が起こります。

「湯の花です。空気に触れて化学変化を起こして温泉の成分が固まったやつです」

濁りを作り出していたのは湯の花。しかしただ濁ればいいというわけではありません。

「湯樋がそのまま浴槽まで行ってしまうと、成分が取れてしまってにごり湯になりません。程よさ加減が難しい」

更に湯の花は固まりやすく、湯の通り道をつまらせる原因になります。

畳の縁でこしらえたブラシは必需品。

すべての管を掃除して常に新鮮な湯が流れるようにするのです。

湯守が手塩にかけて届ける源泉。

風呂にたどり着く時にはやさしい湯に姿を変えます。

冷気にさらされながら一段と映える青白い濁り。

濃すぎず薄すぎず。温泉の力がちょうどいい証です。

「30年前、濁っっている温泉は嫌われるから真水のお風呂を沸かしてジェットバスにしなさい。そういうアドバイスをもらったんです。いやいや私は昔からの温泉でやっていきます」

それではとっておきのにごり湯をご紹介しましょう。

雪降る夕闇のにごり湯もまた格別。

湯屋

日本有数の豪雪地帯。青森県八甲田山。

冬は氷点下20°にまで凍てつく山間。酸ヶ湯温泉です。

160畳の広さに柱一本ない開放的な空間。名物千人風呂です。広大な湯舟を満たす酸性の湯は酸ヶ湯の名の由来にもなりました。この湯家全体を包み込むのは木のぬくもり。

地元特産の青森ヒバです。ヒバの魅力はこの飴色。油分が多く使うほどに油が染み出し味わいを増します。しかしヒバは高級な木材。それでも惜しみなく使うのには理由があります。

「泉質自体が非常な強酸性ですし、コンクリートが使えない。ですからヒバの木しか長持ちしない。この建物の大屋根に雪が二メートルつもりますが大丈夫です。強度的にも耐えてですね本当に木は強いですよね」

この耐久性があって初めて現れる飴色の輝き。

数十年にわたって育ち続けます。今日二つ目のツボは耐え抜いて輝く。

ヒバの強さは青森の厳しい風雪の中で育まれます。雪深い山の中で生きる青森ヒバ。

正式名称檜あすなろ。しかし檜よりも過酷な環境で育ちます。

直径70センチに育つのに300年。

杉の3倍の時間がかかります。

長年この林を守り続けてきた柴田円治さん。

ヒバの強さの秘密は幼木にあるといいます。

「雪の中とかでも耐える性質。気が倒れお天道さまが入ったりするとそこからぐんぐん伸びる。20年も30年も下積みで辛抱して上の開くのを待っている」
一本100万円ともいわれるヒバの200年の材です。

時間をかけて成長したヒバの木目はとても緻密。日本の木材きっての精緻な木肌です。

そしてひばは強い湯にさらされながら飴色を深めていきます。青森のヒバの生き様です。

「昭和30年代から40年台の頃いろんな宿屋が鉄筋の建物に建て替えるブームがあり、酸ヶ湯もそのブームに乗って建て替える超えもあったらしい。その時酸ヶ湯の生きる道はお湯であり、ヒバであり、その素朴さを保つんだと」。

みちのくの湯屋。耐えに耐えて暖かく輝きます。

宿

1970年代。秋田県後生掛温泉で撮影されたある写真家の作品です。

おおらかな東北の温泉がそこにありました。それから40年写真家の北井一夫さんです。

今も度々東北の温泉を訪れて写真を撮り続けています。

北井さんが訪ねたのは、岩手県花巻にある大沢温泉。200年以上の歴史を持つ湯治場です。

平井さんが撮影したのも湯治場の宿。安く長期滞在することができ、かつでは農民が農閑期の骨休めに利用しました。

東北地方にはまだ昔ながらの湯治場が残っています。

三度の食事を自炊しながら湯に浸かりゆっくり体を癒すのです。

「見晴らしがいい。湯治場は変わらない所が良い。日本的な感じがしますよね。天井の隙間。江戸川乱歩の屋根裏の散歩者あるよね。古いものがそういうのがあんのかもしれないね。いろんな嘘と言うか妄想と言うかねそれが面白いよね」

そして風呂。夕闇にどっぷりと浸かります。

「日本画にあるよね。枝に雪がこびりついて、夕方が暮れていく感じ」

東北の温泉にはいつか見た風景があります。今日最後のツボ。日本を探しに。

北井さんは20代の頃、学生運動や成田空港建設の反対運動を追った作品で写真家として脚光を浴びます。

時代の激動を東京を中心撮利続けていきました。

「写真は都市論だということをよく言いますよね。日本みたいな国は、東京を中心に撮っていけばその日本の変化がの自ずとそこに見えてくる。みんな新宿とか渋谷とか撮って、僕もそうするもんかなと思ってとってたし、学生運動は東京で撮ってましたからねだんだんだんだん政治に振り回されてくってかな、なんかねあの息苦しい。肌が合わないっていうかな」

このままでは自分の写真が撮れなくなる。

北井さんは活動を求めて東北へ向かいます。

そこで出会ったのは

「その当時その村の弊害みたいなことでよく批判的に言うことが多かった。村に対して。僕はそうじゃなくてその古き良き日本からずっと続いてきた良いもの日本のね、いい物っての撮れるといいなと思った」

北井さんの心を揺さぶったのが湯治場でした。

「これほんとみんな他人同士で一緒に入って。この時だったかな。男の人が言ったんだけど2、3日前で NHK が取材に来た。明日の朝8時間前に撮影しますんでよろしかったら皆さんお風呂に入りに来てください。女の人みんなヤダとか行かないとか言ってたんだけど朝になってみたら女の人たちでいっぱいだった。本当にいい日本人像だと思いますね。湯治場でおおらかな気持ちになってる人達はね」

夜北井さんはココで知り合った湯治客の部屋を訪ねました。

地元岩手でりんご農家を営む石田さんご夫婦。湯治歴60年の常連です。

「混浴でなけりゃダメなのさ」

「 僕が写真を撮ったところで今は何もなくなっているところってすごく多いんです。滑走路の下になったとか道路の下になっちゃったとかね。何百年も変わらず同じお湯が出てくる温泉がそれが強さじゃないのかな」

「ここが古い感じでいいなと思ってます。愛とか恋とか違う繋がるんですかね男女とかそういうのを超えたね、非常に慎ましやかだけどほのぼのするような人間の繋がりじゃないかなと思いますね」

さがしていたものが東北の温泉にちゃんとありました。

取材先など

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