のどごしを追求した名人が作る「二八蕎麦(そば)」。その技とは?!▽江戸の食文化に通じた落語家ならではの「味わい方」!▽出雲蕎麦(そば)に衝撃を受けた職人が極めた、「挽きぐるみ」の十割蕎麦(そば)!▽究極の白さ!繊細で革新的な十割の「更科蕎麦(そば)」▽長野で受け継がれる、竹かごでいただく「とうじそば」▽蕎麦猪口(そばちょこ)500個集めたコレクターの、おもてなしとは?!<File528>
2022年12月30日 初回放送日: 2021年2月19日
美の壺 「伝統を味わう 蕎麦( そば )」
時代を超えて愛され続ける蕎麦。
郷土の暮らしに根付いた蕎麦には人々のこだわりが詰まっています。
各地に伝わる個性豊かな味わいと色。姿形。
蕎麦打ちに注がれる職人たちの情熱はとどまることを知りません。
その技は今も進化を続けています。
中には蕎麦の可能性を追求して革新的な道具を生み出す職人も。
雪国で受け継がれてきたふるまいの蕎麦。
味わい方に風土が宿ります。
もてなしの心を込めて選びぬかれた色とりどりの蕎麦ちょこも。
今回は味はもちろん見た目にも美しい蕎麦の奥深い世界を堪能します。
のどごし
東京上野にある老舗蕎麦屋を訪れるのは、江戸の食文化に通じたベテラン落語家、柳家小満んさんです。この日も行きつけの蕎麦屋上野 藪そばへ足を運びました。明治25年創業のこの店で、彼が決まって頼むのは「せいろ」。そば粉八割、小麦粉二割の二八蕎麦です。
「最初はね、薬味なしで食べたい。蕎麦を味わいたいんだ」と語る小満んさん。彼にとって、蕎麦の魅力は喉を通るときののどごしにあります。「あまり噛まないもんね。直接のどに持ってっちゃうもんね。噛んでるとまずくなっちゃう」と、その独特の食べ方を教えてくれました。
蕎麦は安土桃山時代に寺の精進料理として振る舞われていたとされますが、その頃は鮮度が落ちると繋がりにくい十割蕎麦でした。江戸初期に広まったのが、小麦粉を混ぜてつなげる技術です。これにより、より細く、のどごしが良くなり、庶民の間で大流行しました。
「蕎麦屋さんがいっぱいあったから、ちょっと入ってちょっと手繰るって言ってたんだね。だから三箸半といって、一回、二回、三回食べて、あと少し残っているくらいの三箸半くらいの盛り方だったらしい」と、小満んさんは当時の風情を語ります。
今日の一つ目のツボは、二八蕎麦で味わうしなやかさ
静岡県島田市の名店で味わう極上の二八蕎麦
静岡県島田市には、通の間で評判ののどごしの良い蕎麦が味わえる店があります。この道65年の宮本晨一郎さんが営む藪蕎麦 宮本は、東京の老舗で修業を積んだ後、三十歳で独立した宮本さんが追求する二八蕎麦を提供しています。
宮本さんの二八蕎麦は、するっと滑らかで心地よいのどごしの後に、蕎麦の豊かな風味が広がります。蕎麦の実の水分を飛ばさないことが大切で、乾燥すると香り成分が失われるため、石臼を一分間に15回転という低速でひくことで、しっとりとキメ細かな粒子に仕上げています。
収穫時期や天候によっても状態が変化するそば粉。その日の湿り具合を何度も確かめ、小麦粉を二割加えたそば粉をふるいで漉し、粒の大きさを揃えます。そば打ちの要である水回しでは、水の量が少ないと表面がざらつき、多いとコシのない蕎麦になるため、粉の一粒一粒に均一に水が行き渡るように混ぜていきます。
「この指先で硬いか柔らかいか分かるから、なんの水入れてどうこうっていうわけじゃないから、この感覚」と宮本さんは語ります。表面が滑らかにしっとりとツヤが出るまで練り上げ、伸ばしていくとシルクの布のようななめらかさに仕上がります。生地を駒板に沿わせて切り揃え、包丁を使って垂直に切り落とすことで、きめ細かくなめらかな蕎麦が完成します。
宮本さんの真剣勝負で作り上げられる二八蕎麦、その極上ののどごしと風味をぜひ一度味わってみてください。
風合い
出雲地方の伝統蕎麦「横田こそば」
島根県出雲地方には、幕府や将軍家に献上された歴史を持つ「横田小そば」という品種の蕎麦の実があります。一般的な蕎麦の実に比べて粒が小さく、香りと甘みが強いのが特徴です。この横田こそばを使った十割蕎麦の太打ちは、地域の伝統的な食べ方です。
奥出雲で蕎麦屋 姫のそば ゆかり庵を営む山中将道さんは、横田こそばを自ら育てたいという思いから、7年前に広島から移住してきました。出雲で初めて蕎麦を食べた際、その美味しさに衝撃を受け、「こんなに美味しいお蕎麦があるのか」と感動したそうです。それまで食べていた蕎麦とは全く異なる濃厚な味わいと香りの強さに魅了されました。
山中さんがこだわるのは、製粉作業から始まります。挽きぐるみという方法で香りを最大限に引き出し、歯ごたえのある食感と濃厚な味わいを実現しています。外側の殻は取り除き、香りが強い甘皮は残すことで、太く噛みごたえのある幅に切り揃えます。
伝統的な器「割子(わりご)」に盛り付け、三段に重ねるのが出雲そばのスタイルです。野趣溢れる味わいの出雲そばは、噛みしめると香りが口の中に広がります。黒っぽい見た目も特徴で、甘皮の部分がちょこちょこ入っているのも魅力の一つです。
「蕎麦も生き物だから、その時によって違ってくる。真剣勝負で作り上げる」と語る山中さんの蕎麦は、穀物を食べる喜びを感じさせてくれます。ぜひ一度、出雲そばの豊かな風味を味わってみてください。
今日二つ目の壺は「こだわり貫く黒と白」
栃木県足利市の機神山(はたがみやま)の中腹にある蕎麦屋 蕎遊庵(きょうゆうあん)は、連日大勢の客で賑わっています。その目当ては、真っ白な更科蕎麦です。この店で提供されるのは「十割更科生一本」と呼ばれる珍しい蕎麦で、蕎麦の実の真ん中から取れる更科粉を使用しています。更科粉は上品な甘みが特徴ですが、つながる力が弱いため、小麦粉を混ぜるのが一般的です。しかし、店主の根本さんは十割に挑戦してきました。
根本さんは、更科粉の持ち味を活かすために、より細く仕上げることが大切だと考えました。更科粉の粒度が細かいため、太く仕上げると硬くなり、のどごしの良い蕎麦にするためには細さが重要です。しかし、細くすることは難しく、根本さんは試行錯誤を重ねました。
十割の更科蕎麦を作るために、根本さんは自作の綿棒を使用しています。漆を塗り重ね、アワビの貝殻を砕いて粉末にしたものを掛けることで、綿棒の表面に細かな凹凸を付けました。この凹凸が生地に食い込み、細い蕎麦を打つことが可能になりました。
根本さんの蕎麦は、究極の繊細さで仕上げられ、一本一本が透き通るように光り輝きます。軽やかな舌触りの向こうにほのかな甘みが広がり、その美しさと味わいに多くの客が魅了されています。
「更科粉の風味と舌触りを楽しむことができる」と根本さんは語ります。素材の可能性を追求し、生まれた気品溢れる更科蕎麦を、ぜひ一度味わってみてください。
もてなし
長野県松本市、標高およそ1100メートルに位置する猪名川地区。かつては米が育たなかった山間部で、蕎麦が人々の命を繋いできたと言います。この地域の伝統料理が「とうじそば」です。竹かごで蕎麦を投じて湯がくことから名付けられました。ここで生まれ育ち、蕎麦屋手打ちそば 福伝 を営む池田義寿さんが紹介します。
「うちのお袋が嫁に来てからそばを習いました。私は小さい時からよく見ていましたが、集まりの時にはお袋がそばを作り、おかずのように出していました。」
昔ながらの甘めの汁には鴨肉や鶏肉、きのこ、油揚げ、山菜、ネギなどが入ります。寒い冬に地元で採れた素材を活かすために生まれたといわれています。具材の旨味がたっぷり溶け込んだ出来上がりが特徴です。この地域の蕎麦は標高が高く、霧が発生しやすい気候のため、甘みと香りが強いのが特徴です。
この日、池田さんは実家でとうじそばを振る舞います。竹かごで湯がくことで蕎麦の腰と香りを損なわず、手早く汁と絡める工夫がされています。めでたい日や来客の際には、各家庭がそれぞれの食べ方で楽しんでいます。
今日最後の壺は「趣向を凝らし振る舞う」
古国府そばといえば欠かせないのが蕎麦猪口(そばちょこ)です。江戸時代より様々なものが使われてきました。これらを収集しているのが笠川晢(かさかわ ひかる)さん。10代の頃に工芸展で一つ購入して以来、好みのものを見つけては集めてきました。【神奈川県小田原市】My箸づくりも体験できる!蕎麦料理尽くしの日!
「全部で150個ほどです。そばを打ち始めてからしばらくしてから、まあ30年か35年ぐらいは、ずっとこんな風に集めていました。」
こちらは有田焼や砥部焼の唐草模様の蕎麦猪口です。古代オリエントを起源として日本に伝わった模様には壮大な歴史を感じると笠川さん。お客さんが来た時に活躍するのは季節に合わせた模様です。サメの文様は冬はもちろん夏にも出して涼を演出します。また、文字をあしらった蕎麦猪口は、お祝いの言葉をさりげなく蕎麦に託すこともできます。
「どうしてこんなにたくさん集めたのかなと思いましたけど、今は楽しいですね。見ていて折角主人が集めたので、蕎麦猪口だけではもったいなくて、コーヒーや紅茶、またはほうじ茶などを入れて楽しんでいます。」
朝川さんは40年前から蕎麦打ちを始め、現在では蕎麦打ちサークルの代表を務めています。お気に入りの蕎麦猪口で家族や友人に振る舞うのが一番の喜びだと言います。
肌寒いこの日は、温かみのある色合いの蕎麦猪口を使い、様々な種類で大切な人をもてなします。