人間国宝が、朱漆と黒い鉄金具を組み合わせ作った重厚な木箱。陶芸家・河井寛次郎が“元気が出る箱”と愛でた、その魅力とは!?箱の概念を覆す、曲線だらけの複雑なフォルムをもつ木箱。自作の道具を駆使し、漆を20回以上かけて作る職人技に密着!海外でも人気の箱根寄木細工の箱は、1536回仕掛けを解かなければ開かない、正に知恵と工夫の宝庫!箱に使う釘まで木で自作、高級桐箱職人のこだわり!<File476>
【出演】草刈正雄,【語り】木村多江
放送:2019年5月4日
美の壺 「不思議もしまう木の箱」
使い継がれてきた木の箱を収集している人がいます。千葉惣次さん。
江戸時代のものを中心に大小百以上。そもそも千葉さんが箱を集めたのには訳がありました。
千葉県の郷土人形・芝原人形を作る人形師だからです。
「人形制作するとどうしても箱に入れることが必要。最初はプラスチックの箱に入れてあったけど、味気ないもので。自分で木の箱を作ってみようというところから箱に興味を持つようになりました」
千葉さん手作りの杉の木箱。
壊れやすい土の人形をしまうにはたくさんの箱が必要でした。
集めた箱の中には人形作りのための貴重な資料もしまわれています。
「何年かたって開けてみるとこんな面白いものがあったんだって再認識する。記憶をとどめておくための魔法の空間だと思います」
しまうのも明けるのも木の箱の魅力ご紹介しましょう。
京都五条坂にある河井寛次郎記念館。
民芸運動をけん引した陶芸家の住まいが生前のまま残されています。
用の美と呼ばれた生活の中から生まれた簡素な美しさを愛した河井寛次郎。
お気に入りがこの箱でした。寛次郎は元気が出る箱と言って、いつも身近に置いていたそうです。
作ったのは黒田辰秋。同じ民芸運動に参加し、のちに木工の世界で初めて人間国宝になりました。
朱漆と黒い鉄金具で強いコントラスト。躍動感にあふれる辰秋の作風は、実は寛次郎の陶芸作品から大きな影響を受けていたと言います。
寛次郎が焼き物で作った陶箱です。自然界のエネルギーが湧き上がるような作品に辰秋は驚嘆したといいます。
ところで寛次郎はこの箱にいったい何をしまっていたのでしょう。
「寛次郎は自分の愛用のネクタイを大好きな箱に入れておりました。ネクタイをくるくると巻いてこの先生の箱に入れてたんですけどやっぱりの大事なものは大事に箱に入れたいと言うかでこれを生涯愛してどちらも大事に使っておりました」
一つ目のツボは大事なものは大事な箱へ。
愛でる
長野県茅野市にある工房です。
ここには黒田辰秋に師事した木工家がいます。土岐千尋さん。
土岐さんの作品はユニークです。
ドーム型のフタを開けるとたしかに箱。
箱は四角という従来の概念を打ち崩す変幻自在な直線の箱ばかり。意匠に富んだデザインはもともとグラフィックデザイナーをしていた経験から生まれるといいます。
「ルールに法らない、用途にこだわらない。そういうものでいいんじゃないか。ただただつくりたい形を、浮かんできた形を作るようになりました」
心に浮かぶ様々な形を折々に書き溜め。箱のデザインに。
複雑な箱の形は平面のデザイン画だけでは表現しきれず粘土で立体に置き換えます。
土岐さんは今も辰秋から言われたある言葉が心に深く刻まれていると言います。
「自分の十八番を作りなさい。これなら誰にも負けないんだって自分のものを作りなさいというのはすごく心に残っていて、それが洒落じゃないんですが色々作っているうちに自分に一番合ってるなと思うようになって」
十八番の箱の制作は次にデザインを最も引き立てる木を選ぶ作業に入ります。
「こうやって選んでいって自分がデザインしたものがいかに生かせるか。それが勝負どころなんですけども」
木材の種類によって木目はそれぞれ個性的。
「この花梨は面白い木目が出ている花梨であまり見ないですね」
波紋のように広がるけやきの文様。
希少価値が高いと言われる栃の木の縮み杢。
選んだ木をひたすらくり抜いていきます。今回選んだのは栃の木。硬い木の塊を限りなく優しい曲線に生まれ変わらせます。
道具は手作り。手の中に隠れてしまうほどの小さなカンナでカーブに沿って削っていきます。
「バカの一つ覚えで黒田先生の所で教わった方法で、手でないとできないだろうなっていう形を求めるようにしてます 」
稜線を念入りに仕上げていきます。「よく造形だけだったらオブジェでと言われますが、自分はあくまでも工芸家だと思ってますので何か使えなきゃいけないと思って、見て楽しい使って楽しい倍楽しいそう思って自由に作っている」
箱はこの後に20回以上漆が消され完成します。箱の稜線を横切るように走る栃の木目。新たな十八番が生まれます。この箱には何を入れよう思案するのも楽しい木の箱です。
京都四条通りにある美術館。近現代の絵画から高原に至るまで幅広いコレクションで知られています。陶芸界に革新をもたらしたと言われる北大路魯山人の作品です。この美術館では花入れには花を入れ、使ってこその美を味わうことができます。北大路魯山人。器にもそれをしまう箱にも徹底的にこだわりました。魯山人は気に入った作品ができると特別な桐箱を注文したといいます。桐は湿気に強く軽いため昔から大切なものを入れる箱に使われてきました。蓋に記されているのは器の名前と作者名。無雑作に書いたような色の違うロの字が魯山人独特のサインです。「昭和29年にですね魯山人はニューヨークの近代美術館で展覧会をやってるんですけども、その外遊の帰りの時にですねピカソに会いに行くんですね。でその時に自分の作品を桐箱に入ったもの持って行くんですけども、ピカソはそれをもらってずっとその桐箱を見てるんですね。あまりにもそのことばかり見てるもんだから魯山人は箱じゃない。中身なんだと怒鳴るんです。ピカソは箱の大事さっていうかそれは海外にはあまりないもんだから非常に不思議がってですね、箱の話ばかりをしていたそうです」この美術館には最もデリケートな器を入れた箱があります。漆の箱を開けると、また中から桐箱が。桐箱の中からは、ちりめんに包まれた器がやっと姿を現します。直径40センチの楽焼の大鉢。低温で焼かれたためちょっとした衝撃で割れてしまうという危うさを持った作品です。繊細な作品を守るゆりかごのような箱。今日二つ目のツボは箱と中身は一心同体。
桐箱を制作する指物師の清水隆司さん。箱は入れるものの格によって作り方が変わると言います。高価なものを入れるほど高度な技が散りばめられます。箱の立ち上がりに蓋がぴったり収まる溝をつけることで密閉性の高い箱になります。見どころは箱の側面。組み手と言われる接合部分です。木をはめ込むことで箱の強度が増すとともに装飾的な美しさも生まれるといいます。「こだわりです。ゆるゆるのもの入れたって全然はっきり言うて強度増さへんし、ぎゅっとしまって入った上で見せる綺麗なその隙間のなにもないものをつくるんです」職人の腕の見せ所。組手の技を拝見します。木と木を組み合わせ接着材料などを使わずに精巧に作られる指物。指物というのは常にものさしを駆使するからという説もあります。ものさしは指物師の必需品。これはけびきという道具。ものさしで幅を決め細い溝を付け加工する線を正確に引いていく、いわば定規のようなもの。「髪の毛一本分くらいの筋のいがみ方、取り方一つによって変わってくるのです。木としては制度を出さへんかったらうまいこと入らへん」けびきの線のところまでカンナで削り、のこぎりを引く。精密さが求められる指物の世界。組み手のかみ合わせができてきます。噛み合わせの具合を確認。始めはややきつめにというのが鉄則だと言います。組手の仕上げに打つのが手作りの木くぎ。耐久性と組み手の美しさを引き立てます。最後に清水さんが命を吹き込むのが蓋。かんなで4方向から削っていく四方盛り貴方を守りという技です「見た目にもマルク谷和原君、それから紐を掛けたときに紐がしんなりときれいに納まるようになるのは持っているからこそ」手間をかけて作り上げる桐の箱。脇役だけど凛とした存在感を放ちます。