美の壺 「秋まっさかり 栗 」

栗

江戸時代の旅人も食べた!?伝統の和菓子「 栗 きんとん」▽砂糖を使わない 栗 そのものの味わいが人気の季節限定のメニュー▽大きく甘い栗を育てる栗農家のこだわりの栽培法▽名料理人が腕をふるう野趣あふれる栗料理▽風味豊かな栗ご飯をつくる匠の技を大公開▽人気のロックバンド「Novelbright(ノーベルブライト)」のギタリスト、沖聡次郎さん登場!沖さんが作った栗の木のギター、その音色とは<File 568>

放送:2022年10月14日

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美の壺 「秋まっさかり 栗」

秋真っ盛り。美味しい栗の季節になりました。イガの中からひょっこり顔を出した栗。コロンとしたなんとも愛らしい形見ているだけで癒されますね。美味しい栗が目立つところにはおいしい水が溢れています。栗は秋の料理も彩ってくれます。硬くて水に強い栗の木は古来より建築材としても使われてきました。栗の木でエレキギターを作ることに。「栗使えるなこれすごい革命やと思いますよ」栗は美しい音色を奏で、甘い幸せを届けてくれます。栗の魅力をたっぷりとご紹介しましょう。

岐阜県中津川市は昔から「栗どころ」として知られ、各家庭で山栗を使った菓子が作られてきました。江戸時代には中山道の宿場町として栄え、栗菓子が旅人たちに振る舞われていました。その代表が「栗金団」です。秋になると菓子店に並ぶ栗金団は、蒸した栗に砂糖を加えただけのシンプルな菓子です。

江戸末期創業の老舗では、栗が出始めると店が賑わいます。五代目の原十一郎さんは、栗金団作りを幼少期から見て育ち、栗の香りを嗅ぐと秋の訪れを感じるといいます。

栗金団作りのポイントは、蒸した栗を温かいうちに砂糖を加えることで、栗の風味を損なわないように工夫されています。木綿の晒で包んだ栗を親指で丁寧に絞り出すことで、菓子の形が整います。適切な力加減が必要で、固すぎると硬くなり、弱すぎるとひび割れてしまうため、感覚が重要です。

栗金団は余分なものを加えず、三日間しか持ちませんが、そのシンプルさが栗の美味しさを引き立てます。

今日一つ目の壷は「産地が育む風味を楽しむ」

栗のスイーツといえば日本人に馴染み深いモンブラン。1933年、自由が丘のお店で日本初のこの黄色いモンブランが誕生しました。ヨーロッパの菓子店で見聞を深めた左近太郎さんが、栗の甘露煮にクリームを加えて、日本独自のモンブランを生み出したのです。和菓子のあんこを絞る「苧環(おだまき)」という道具を使って、ひも状にしたマロンクリームをこんもり載せました。日本人に愛されてきたモンブランは、ここから進化を遂げています。

長野県小布施町。江戸時代、小布施では将軍への献上品になるほど良質な栗が育てられてきました。栗のスイーツを求めて多くの観光客が訪れます。明治から続く老舗の栗菓子店には、栗のシーズンだけ味わえるおよそ四十日間の限定メニューがあります。人気の秘密は、砂糖を一切使わない栗そのものの味わい。栗を蒸して裏ごししたものを絞り出し、栗あんの上に載せています。栗本来の素朴な味と栗あんの上品な甘さを一緒に楽しめる特別なメニューです。

「仕込みの時期というのは栗の香りが一番強いときだから、それを砂糖で調整してあんこにする前に食べてもらったらどうかなって思ったんです。砂糖で味を調整してないから、その時その時の味が違いますよっていうのが一番あります。だから従業員には半分冗談まじりに『美味しいって言われたら栗のおかげですって言っておけ』って言ってます」

栗が蒸し上がりました。立ち上がる湯気とともに栗の強い香りが一気に室内に広がります。栗が取れるこの時期に、一年分の栗を仕込みます。

「栗あんって言ったら栗のことを言うくらい、栗はお菓子に欠かせません」

「蒸したてで香りの強い栗を案内するかしないかが勝負なんです。だから一年分の栗がまだ香りがしているうちにあんこにしてしまいます。栗あんは天日干しすれば良いってものじゃなく、やっぱり風味が大事だと思いますよ」

限定メニューは、栗の鮮度や色味を大事にするため、注文があってから作ります。栗あんの上に蒸した栗をふわっと盛り付け、素材の風味を大切にする栗の産地ならではの楽しみ方です。

京都府京丹波町。かつて京の都に近かった丹波の国は、山地が多く水田が少なかったことから、年貢米の代わりとして栗作りが発達していきました。平安時代の書物『延喜式』には、丹波の栗が貢納されたことが記されています。年貢として「米一升栗一升」と言われ、米と栗は同等の価値がありました。栗が大きければ、一升枡に入れる数が少なくて済むため、できるだけ大きな栗を育て、栗の数を少なくする工夫をしていたと伝えられています。

百年以上続く栗農家の三代目、山内さん。彼は栽培技術が認められ、黄綬褒章を受賞した栗作りの名人です。栗の木は水を嫌うため、水田を一メートル掘って水はけの良い栗畑に改良しました。これによって、木がよく育つようになったと言います。

「私が一番栗作りでこだわっているのは、どの枝にも均等に太陽光が当たるようにすることです。枝を減らすと実の数は減りますが、残った枝に栄養が集中して、大きな実が付くようになります」

栗の収穫は気温が高くなると質が落ちるため、日の出とともに始まります。イガを足で踏んで割り、地道に手で栗を拾う作業が続きます。

「栗が熟してパカッと割れる様子を『栗が笑う』と言うんですよ。これが呼び水だなぁ、いい合図だなぁと感じますね」

山内さんのこだわりは栽培だけにとどまりません。彼は自慢の栗をより甘くするため、マイナス1度で3〜4週間「氷温熟成」させます。収穫直後より糖度が2倍以上になるそうです。

「栗そのものの味を一番楽しむ方法は焼き栗です。焼き上がりに少し焦げ目ができれば、それが一番美味しい瞬間です」

今日二つ目の壺は「名人の技が海開きの私服」

京都の奥座敷には、山内さんの栗を使って極上の料理に仕立てる名人がいます。創業120年を超える老舗料理旅館の四代目当主、中東さんは、海外からも高い評価を得て星を獲得している料理人です。地元で採れる旬の食材を使って、野趣あふれる料理を作ります。門前には大きな芝栗の木があり、山に自生する栗は小さな実をつけ、旅館での料理にも使われています。

「私が生まれた時にはすでにありました。学校が終わると秋の遊びで栗拾いをしていたので、栗は秋の最高のおやつでした」

山内さんの栗は、分厚く、秋の定番である栗ご飯に使われます。皮と身の間に包丁を入れ、鬼皮を丁寧に剥がします。次にすり鉢に水を入れて外側の渋皮を取ります。その後、包丁でこそげとりますが、渋皮煮の風味があるため、少し残すのがこだわりです。天日に干して水分を抜くことで糖度が高まり、甘みも増します。手間をかけた下ごしらえで、栗ご飯の味付けは塩だけで十分です。栗がたくさん入った、美味しく炊き上がった栗ご飯です。中東さんは栗の風味を料理に生かすことを考えています。

「普通の栗を使うと風味が少ないので、栗の渋皮煮にして栗の風味を最大限に出したものを使います」

渋皮が付いたまま甘く煮た渋皮煮や、むかご、銀杏をスモークしたものが特徴です。豆腐に甘さを加えることで、秋の味覚をふんだんに盛り込んだ栗の白和えが完成します。栗を素揚げにしたチップスを、漆を塗ったお皿に色とりどりの秋の食材とともに盛り付けました。栗の枝を削った手触りを楽しむこともできます。

中東さんが目指すのは、自然と共存する料理です。床には栗の木を使い、削り跡を残し、目を際立たせた「殴り」という技法で仕上げています。

「この辺は山の中で、力強い木目のある栗を使うことで、山の雰囲気を出すことができます。非常にリラックスした形で食事を楽しんでいただけると思います」

これが究極の栗料理で、山の雰囲気を楽しみながら秋を味わう贅沢なひとときです。

大阪の路上ライブから火がつき、目覚ましい勢いで疾走を続ける五人組ロックバンドノーベルブライト。2020年にメジャーデビューを果たしました。ギタリストの置き宗次郎さんはバンドの作曲を数多く手掛けています。

大阪アメリカ村、ここに置きさんがデビュー前にバイトをしていた練習スタジオがあります。奥さんの弾く美しいメロディがメンバーの目に留まり、バンドに加入しました。置きさんにとって忘れることのできない大切な場所です。奥さんが弾くのは、織田メイドで完成したばかりのエレキギター。ボディの部分に栗の木を使っています。

「わりとその日本のテイストみたいなのがすごい。下から大事にしてて、洋材じゃなくて和材でも作れるっていうのを聞いて、『あ、業イッテギターにできるんや』っていうのをそこで知って、じゃあもう話題で作るしかないなっていう」

同じ材であっても木材が違うとギターの音が変わるといいます。全て同じ条件でボディをケヤキで作ったギターと引き比べてもらいます。

「割と樹脂さっていうか、なんか太い感じの木材だなっていう感じですね」

そしてこちらが栗の木で作ったギターです。

「すごいね、すっきりというか、なんかあくがないような音のイメージですね。あの弾いてみて、すごいなんか逆に誰もそんなに使ってないんだって。今までその溶剤で賄ってたギターが疲れてるんですけど、クリ使えるなあって凄い思いましたね。すごいなんか美しいというかなんか進んでるような音のイメージですね」

栗のギターの音色が気に入った大木さん。新品のギターはステージで使えるまでには時間がかかります。

「できてからその外気に触れたりとか、いろんなその影響を受けて、木がだんだんちょっとずつ水分が抜けたりとかして成長していって、いい音いい響きになっていくっていう感じなんですけど、なんか新品っぽくないですね。全然このまま持っていけそうな日本財の特徴なんだとしたらこれすごい革命やと思いますよ」

今日三つ目の壺は「音楽家を魅了する」

銘木兵庫県尼崎市、ここに置きさんのエレキギターを作った職人がいます。みんなの高山正樹さん。バンドでプロデビューを目指したベーシストでしたが、ギター作りの道へ。自分のギターを分解して見様見真似で木工の技術を習得しました。高山さんは多くの有名アーティストのギターを手がけてきました。和材にこだわり、特に栗の木に注目しています。

「栗って明るい音が出るんですけど、そこまであのキンキンしないというかジャリジャリしないっていう。そういうところが栗特有というか、栗じゃないと出せない音っていうのがあるなと思ってて、僕は割と好きで」

昔から日本人の暮らしの中で使われてきた栗の木。耐久性や耐水性が高く、丈夫なのが特徴です。まずはギターのボディを象ったアクリルに沿って栗材を切り抜いていきます。栗材を使うボディは音が増幅する部分で、ボディがなると気持ちいいと言われる大切なところです。

「同じ栗でも取れる産地が違うと音が違ってくる。育つ環境で違うんですよ。どうしても木目とか色合いとかもほんのり変わってくるので、日本で取れる栗の方が少しやわらかい感じの優しい感じの音がする傾向にあります」

ギターの美しい曲線は視覚や触覚を頼りに丁寧な手作業で磨き上げていきます。こうした職人技が理想の一本を作り上げていくのです。高山さんが作り出す栗のギター、大きな夢が広がります。

「栗とか和材で楽器を作って、ここから新しい音楽が生まれて新しい感動が生まれれば、その楽器がいい音のスタンダードになっていってくれるんじゃないかなと思って、日本の音楽は日本の材料で作って世界に届けていきたいなっていう思いがあります。それをね、今後もすごく楽しみにしてます」