美の壺 「心をつかむ 本の装丁」

<File458>思わず目がとまる!ベストセラーを支える装丁家がこだわる“白場(しろば)”とは?「吾輩は猫である」が人気装丁家の競演で大変身!紙にこだわる装丁家がミステリー本に仕掛けた手触り必見!大正時代希少本の美装丁母の形見の俳句、手づくりの句集に装丁愛好家が夜な夜な集う「開かれた書斎」ベテラン製本職人が1冊ずつ手作りする谷川俊太郎詩集の限定本草刈さんが古本の中から見つけたものは?<File458>

放送:2018年10月19日

美の壺 「心をつかむ 本の装丁」

夜の帳が降りる頃。一人また一人。

一体何の集まり。本について暑く議論する人々。

「皆さんで共有する書斎です。ここをオープンにすることで自由に本取っていただき、手に触れてそれで本の装丁というものが何なのかということを知っていただきたくて始めたわけです」

およそ1500冊もあるという古書は石川順一[note]東京墨田区、東武線曳舟界隈で古書屋を兼ねた書斎という、非常に特異な業態で運営を行っているLE PETIT PARISIEN (ルプチパリジャン)代表[/note]さんが10年以上かけて集めた貴重なものばかり。

常連の方にお気に入りの一冊を教えてもらいました。

「当世豆本の話。食用の糊で装丁されています発行されたのは昭和21年という時代でですね、食料事情があまり良くない時に食べ物を使うことぐらい豪華なことはないだろうという贅沢な装丁本として発行されてる形ですね」

こちらは、昭和の初め頃。日本ではまだ貴重だった皮と和紙の装丁。

ドイツの作家の翻訳本です。

「初めて洋装を独自で作るようになってきたんですけども、ヨーロッパに負けないだけの皮装にしようとできてきた本です」

そして主の石川さんのお気に入りは昭和2年に出版された芥川龍之介の本です。90年以上経った今もなお鮮やかな装丁。芥川の親友だったが画家・小穴隆一の手摺りの木版画です。

「全部同じじゃないのです。手がすべて。そういうところが魅力なんじゃないですか。内容も大事なんですが、装丁という要素が必ずついてくるのでその内容だけではなくても見てほしい」本の表紙はもちろん使う紙やフォントまでそのすべてをデザインするのが本の装丁。

いつまでもそばに置きたくなる素敵な本の世界へご案内します。

LE PETIT PARISIEN ルプチパリジャン オープンな書斎 & サロン | スペースマーケット

おもて

東京都内の大型書店。どんな装丁の本が人々の心を掴んでいるのでしょう。

「すごく印象的だったのが村上春樹さんの代表作のノルウェイの森なんですが単行本の時に赤とグリーンで上下刊。

これでものすごく売れたものを文庫化する時に白っぽい表紙になったんですね。

その時に文庫が思ったほど動かなくて、すぐにまたあの赤とグリーンの表紙の文庫になりました。

そしたらまた売れました」

数多くのベストセラーを担当してきた装丁家の坂川栄治さんです。

「手に取るという時になにかプラスアルファがなければ手を出そうとしないんですよ。キーワードになるのは本の顔の部分ですね。本というものは文字の羅列でまだ何の顔も持っていない状態。そこからメーキャップが始まる、で作り上げてくって感じしますよね」

今日一つ目のツボは個性競う本の顔

坂川さんはこれまでにおよそ6000冊もの本を装丁してきました。本の内容に合わせた変幻自在のデザインが持ち味です。

坂川さんが想定した絵本「だるまさん」です。

10年前の発売以来、580万部を売上ロングセラーになっています。「これの特徴というのが白なんですね。

書店高架というのは、周りがカラフルというのか、絵柄があるものがたくさん並んでいるんです。その中で目立たせるためには周りの影響を一切受けない白に対して赤だったのがぽいんとだったと思います」

坂川さんが大切にしたのが白場と呼ばれる白い部分の比率でした。だるまさんの大きさで結果的に白場が決まってくるんです。最初小さかったやつがどれくらいまで拡大可能科というギリギリまで大きくする必要はないんです。少し間があるくらいがちょうどよくて、それが白場を気持ち良い感じにするんです。理屈でやっているんではなくて、最初の狙いは理屈があるんですが、その後は感覚的にやるんです。そこが面白いですね」

坂川さんが最も印象に残っている仕事の一つ、それが「ソフィーの世界」。

哲学の入門書です。

「ソフィーの場合は出版社の方が編集長と若い編集者の方が依頼しに着たんです。その時に原書とかも見せられて、えっと驚いた」

その時見た本がこちら。14歳の少女が不思議な手紙をきっかけに西洋哲学を学んでいく話。哲学書が売れない日本でどうすれば多くの人に手にしてもらえるのか。坂川さんは考えました。「女の子を使うっていうのをイラストで、なおかつ好まれそうなものを使うことで哲学書という固さ、角を取ることができるんじゃないかという話しをして」

そこで採用したのがこちら。イタリアで個展絵画の技法を学んだイラストレーターに依頼しました。ソフィーの世界は哲学に無関心とされてきた若い女性層の取り込み200万部を超える大ヒットとなりました。「いろんな社会的情報とか趣味嗜好とかを本にたらしこむというか、それをやらないと、ただデザインが綺麗とか、この分は面白そうだと言うだけでもダメなんです。どんだけたくさんの顔が並んでいる中から、なんか引っかかるものをと、方程式はないんです」

個性

お題です。「吾輩は猫である」を自由に装丁しなさい。

デザインの専門誌の連載企画で気鋭のデザイナーたちが腕を振るいました。

吾輩は猫であるをパンク小説に見立てた装丁。カバンには漱石を連想させる猫に扮した女性。

裏はイギリス国旗。

本に化けた猫。

しおりの先にもふもふのしっぽをつけました。

こちらは猫の足跡のように文字が点々と。

毛羽立った表紙に赤いしおり。赤い首輪をした黒猫のイメージなんだとか。

同じ本でも装丁次第で無限の広がりを見せてくれます。

長年本の装丁に携わってきた小林真理さんです。「装丁はまず美しいもの。開いた時に緞帳が開いて、これからどんな物語が始まるか。そこのところの仕掛けみたいなものがすごく大事ではないかなと思った。たくさんの読者に対して夢を与えていく。手にとって触れてみたいとか、いつもそばにおいて心地よいものであってほしいなと思います」そこで今日二つ目の壺は物語へ誘う仕掛け。

装丁家の川名潤さん。どんな紙を使うかで本の印象はガラリと変わると言います。

幻想的な作風で知られる作家・澁澤龍彦。没後30年の節目に出版された作品集「澁澤龍彦玉手匣」です。

タイトルの玉手箱にちなみ、アンティークの宝石箱のような凹凸のある紙を使いました。

黒い見返し。マーブル模様に印刷した薄紙。シュールな世界観を醸します。

少女たちのふしぎな日常を描いたミステリー「少女奇譚」。

帯に月面のクレーターのような紙を使い、おどろおどろしい雰囲気をプラスしました。

見返しにも色違いの同じ紙。読者を物語の世界へ誘います。

「本が魅力的である最後の砦だと思うのです。紙であるっていう部分が。電子書籍が出てきて紙の本がなくなってしまうかもしれないってのありますけども、紙の方が生き残っていく理由はやっぱりそのもの紙なはずなので、できるだけ気を使って選ぶようにしてます」

この日、新しく出版する本の装丁の会議が行われました。

今回装丁するのは最近 SNS で大人気の柴犬のイラスト集。「書店映え少しさせたいな」「外回りの紙は絵が上がったところで考える」

「すごく心にじわっと響くようなカバーとか、フォントも含めてデザインをやって頂いたりとか、紙選びもやっぱりすごく秀逸で、この本プロデュースして編集しようと思った時に、この情緒のふんわりした感じを表せる人というところがとにかく最大の決め手でした」

しかし、当の川名さんは悩んでいました。「その本の中に登場する人物になって作る事が一番多いんですけど、この犬の本に関しては登場する人物・・・犬ですからね。犬になって作る。さてどうしよう」

およそ200枚のイラストを元に試行錯誤を重ねました。

本のタイトルは「犬が生まれる」そこでカバーは水たまりの背景に雨上がりの空を見上げる初々しい犬。「僕も犬を飼ってるので、たまにその雨上がりで散歩していて、犬が空を見上げると雨やんだかなっていう風に見上げてるのかもしれないっていうのを見ると、ちょっと嬉しくなるんですよね。その自分の犬と水たまりの記憶っていうのを多分あそこに入れ込んでいたりももするとは思います」

表紙の紙をおよそ500種類の中から選びます。

川名さんが候補に選んだのは・・よく見かける再生紙。「犬を飼ってる人の生活に根ざした紙と言うか生活に使われているはずなんですけどあまり注目されない。

地味でしみじみとした紙なんで柴犬にはぴったりなんじゃないかと」

二ヶ月後出来上がった本です。読む人の心をつかむ暖かな装丁に仕上がりました。

手づくり

いまでは数少なくなった手づくりの装丁を手がける製本職人がいます。

この道64年のベテラン上島松男さんです。機械では難しいオーダーメイドの本を中心に作ってきました。

こちらの絵本。表紙は布張り。

注目は凹凸のある台紙に布を貼る高度な技術。2018年世界で最も美しい本コンクールで金賞に輝きました。

珍しい箱入りの絵本。

作者が自らデザインした布をあしらっています。

来年2月発売予定の谷川俊太郎さんの詩集。

その試作品作りを見せてもらいました。

一冊一冊手作りする限定本。一体どんな本に・・・出来上がった試作品。表紙には上質な羊の皮を使用しています。

先ほどのり付けしていたのはこの蛇腹の部分だったんですね。

活版印刷で和文と英文をオモテウラに印字しました。「手でなければできない本は多々ありますので、それらの本を注文してくださった方々には少しでも喜んでくださるような本にしたい。手にした人が一生大事にしてくれる本を作っていきたいと思います」

今日最後の壺は人生に寄り添う本作り。

上島さんが指導する製本ワークショップです。多くの人に装丁の楽しさや奥深さを知ってほしいと、15年前に始めました。

参加者は趣味で自分の本を作りたい人。製本の職人をめざす人など様々です。

ワークショップで一年間本作りを学んだ鈴木徳次郎さんです。

鈴木さんがワークショップの卒業制作で作った本。「花こぶしこの三叉路の道標」亡くなった母の俳句をまとめました。「母が十五年ほど前に亡くなって、母の遺品を整理してたんです。遺品の中からチラシの裏とか薬袋の余白とかに走り書きがたくさん出てきたのです」 それは母が生前書き留めていた俳句や短歌でした。「思わず涙が出てきて、母はこんなふうにものを考えていたことがわかりまして、それをなぜ母の生前に気がついてあげられなかったんだろうということで後悔しました。それでなんとか自分の手で母が愛した俳句を本にしたいと思いました」カバーの写真は母が十代の頃の写真。

本の中にも若い頃の写真をふんだんに散りばめました。「きっと母もキラキラとした少女時代があったはずで、その少女時代の姿が分かるような写真を盛り込もうというふうに考えて」もう一つ本作りで鈴木さんがこだわったことがあります。

母が趣味で作っていた千代紙の人形。この人形を作るために集めていた千代紙を本の装丁に活かしたのです。

「一つ一つの作業をああじゃないこうじゃないというふうに考えながらやっている時に、なんかね母と話してお話をしてるようなそんな感覚になりまして、非常にその濃密な楽しい時間でした」世界にひとつだけ。心のこもった装丁です。

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