日曜美術館「 ミケランジェロ “人間”のすべてを彫る」

彫刻家にして、絵画や建築でも偉業を成し遂げたルネサンスの巨匠・ ミケランジェロ 。その芸術の真髄ともいえる彫刻に焦点を当て、ミケランジェロが追い求めたものを探る。青年期のミケランジェロは、古代彫刻を手本としながら、解剖で得た知識を生かして、筋肉や血管をリアルに表現し、生き生きとした人間の姿を彫った。その後、身体にらせん状のねじれを加えることで、苦悩や恍惚など、人間の複雑な感情を表現するようになる。そして晩年には、逃れようのない死にどう向き合うかを模索し、新たな境地に到達した。歳とともに変わったミケランジェロの彫刻。そこに込められた思いとは何だったのか。

【出演】彫刻家…舟越桂,【司会】小野正嗣,高橋美鈴

放送:2018年7月15日

日曜美術館「ミケランジェロ “人間”のすべてを彫る」

ミケランジェロは1475年、フィレンツェの郊外に生まれました。

時代はルネサンスの最盛期。

宗教的な価値観に縛られた中世が終わろうとしていました。

理想とされたのが古代ギリシァ・ローマの芸術。

発掘や収集が盛んに行われていました。

ミケランジェロの時代から千年以上前に作られた彫刻。

ギリシァ神話の神・アポロが生身の人間のような生き生きとした姿で表現されています。

ルネサンスの芸術家たちはこうした古代の作品に習い、

生命力溢れる人間の表現を追求していきます。

13歳から修行を始めたミケランジェロも古代彫刻に学び腕を磨きました。

二十歳を過ぎたばかりの頃の作品。

若き洗礼者ヨハネ。

キリストに洗礼を授けた預言者です。

片足に重心を置き、反対の足はやや浮かせたポーズ。

古代彫刻に典型的な美しい立ち姿です。

20世紀に入って戦争で破壊されましたが

近年の修復で蘇りました。

思慮深い眼。子供らしい柔らかな肌。

ミケランジェロがリアルな人間らしい表現を追求していたことがわかります。

24歳。ミケランジェロの人体表現は一つの高みに達します。

バチカン・サン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」 。

ピエタとはキリストの亡骸を抱いて嘆く、聖母マリアの像のこと。

硬い大理石から掘り出されたとは思えない生々しいキリストの体。

見る人の感情を揺さぶるような美しくドラマチックな造形です。

無名だったミケランジェロは

このピエタで多くの人に知られることになりました。

そして29歳の時、故郷フィレンツェからの依頼で大作を彫り上げます。

ダヴィデです。

ダヴィデは旧約聖書に登場する英雄。

巨人ゴリアテを倒し、祖国イスラエルを守ったと伝えられています。

表されているのはダヴィデが今まさに戦いに挑もうとしている場面。

浮き上がる筋肉や血管はリアルで緊張感がみなぎります。

ミケランジェロは解剖学を学び、古代彫刻をも凌駕する精緻な表現力を身に着けていました。

現在実物は美術館に移されています。

レプリカがルネサンスの人々が仰ぎ見ていたのと同じ場所に置かれ、

街のシンボルとして愛されています。

フィレンツェは当時周辺諸国との脅威にさらされていました。

広場に据えられたダヴィデは、愛国と自由の象徴として人々に熱狂をもって迎えられたのです。

「描写してあるからどんな人が作っても同じ彫刻になるかというと全くそうではなくて、立体感の強さというものは空間を制圧してしまったり、空間をピンと張り詰めている彫刻というものは、いくら筋肉の描写ができていてもそうならないこともあるのです」

ミケランジェロが三十歳の時、創作の転機となる大きな出来事がありました。

古代ギリシァの彫刻「ラオコーン」の発掘に立ち会ったのです。

神官ラオコーンが神の怒りを買い、息子ともども毒蛇に絞め殺されるギリシァ神話の物語を表しています。

苦痛にゆがむ顔。

のたうつ体。

彫刻は人間の感情を肉体の動きで表すことができる。

ミケランジェロは心を奪われます。

そのころミケランジェロの才能を我が物にしたいと願う人物が現れました。

カトリック教会の最高権力者。ローマ教皇ユリウス二世です。

ミケランジェロをローマに呼び寄せ、自分の墓を作るように命じます。

ミケランジェロは張り切りました。

大理石の産地に自ら赴き、八ヶ月の間材料の採掘を続けます。

いままでにない墓を作ろうとしたのです。

これが遺された計画案。

高さ10メートルという破格のスケールです。

墓碑の周りには40体の彫刻を並べる構想でした。

墓の製作に意欲を燃やすミケランジェロ。

しかし気まぐれなユリウス二世は墓の計画を中止してしまいます。

jun-gloriosa.cocolog-nifty.com

サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会

そのかわりに命じたのがシスティーナ礼拝堂の天井に、巨大な天井画を描くというものでした。

ミケランジェロは絶望しました。心の内を父親への手紙で吐露しています。

「私は途方に暮れています。その理由は私の本業が絵画ではない上にこの仕事がとても困難なものだからです。わたしはただ時を無駄にしています。神様!お助けください!」

しかしミケランジェロは奥行き四十メートルの天井に三百あまりの人物を描くという凄まじい仕事をほぼ一人で成し遂げました。

四年の歳月をかけて描いたのは旧約聖書の物語。

眼を見張るのは人間の激しい感情の動きを感じさせる肉体の表現です。

人間を作ったことを後悔した神が、洪水を引き起こす場面。

洪水から逃れる人々の苦しみや恐怖は、その激しい身振りによって表されています。

ラオコーンの悲劇的な表現を絵画で試したことを見て取れます。

システィーナ礼拝堂の天井画を完成させたミケランジェロは再び彫刻での人体表現を模索します。

「抵抗する奴隷」

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不自然なほど身を捩り必死に何かを訴えようとしています。

「瀕死の奴隷」

苦しみから開放され、眠りにつくかのようです。

ミケランジェロは体の動きによってさまざまな情念を表そうとしました。

しかし、制作に明け暮れる日々は一時期途絶えます。

52歳の時、フィレンツェで革命が勃発するのです。

フィレンツェの支配者・メディチ家と革命軍との間で激しい戦闘が繰り広げられました。

ミケランジェロは革命軍に身を投じ要塞の建設を指揮します。

やがて革命軍は敗北。首謀者は捕えられました。

命の危険を感じたミケランジェロは逃亡します。

逃げ込んだとされる教会の地下室です。

仲間が次々と処刑される中。この部屋でおよそ三ヶ月間の潜伏生活を送ったとされています。

https://www.y-history.net/appendix/wh0603_1-049.html

壁に残された無数のデッサン。

死と隣合わせの状況でも創作への強い欲求に突き動かされていたのか・・・

ラオコーンの顔。

人間の悲劇を表したラオコーンのように、自分も人間の深い感情を表現する。

デッサンを重ね、

見る人の心を動かすポーズを探りました。

この時の構想をもとに作られたのが「ダヴィデ=アポロ」です。

ミケランジェロ50代なかば。

若き日に手がけたダヴィデのような勇ましさや気迫は感じられません。

誇張された筋肉や激しい身振りはなく、柔らかな肉体が静かに波打つように表されています

顔もおぼろげです。

未完成のこの像は旧約聖書の英雄ダヴィデかギリシァ神話の神アポロを表したものだと言われています。

足元の球体は、ダヴィデが倒した巨人の首なのか。

肩に下げているものはアポロが矢を収める筒なのか。

いずれにせよ、華々しい英雄の姿ではありません。

そこには人間が共通して抱くはずの 不安や哀愁が湛えられています。

70歳を過ぎたミケランジェロはピエタを題材とした作品を彫っていました。

誰に依頼されたわけでもない。自分のためのピエタです。

崩れ落ちそうなキリストの体。

それを聖母マリアが支えています。

かつて、若きミケランジェロを栄光に導いたピエタ。

マリアは若く美しく。ドラマチックな瞬間を捉えていました。

その輝くような美しさはここにはありません。

四人の人物が体を寄せ合い、 静かに死を受け入れようとしています。

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