美の壺 「心ほどける お燗(かん)の道具」

お燗(かん)をつけて50年の店主が、材質にこだわった特注やかんで出す燗酒(かんざけ)。甘みと香りが引き立つ絶妙な温度とは!?酒を温める「ちろり」、盃(さかずき)を温める「盃台(はいだい)」、そして携帯用の燗(かん)道具など歴史的名品がずらり!新鮮な魚料理に吟醸酒、そこには白磁の器がピッタリ…料理×酒×酒器の組み合わせを名人が指南!家庭やアウトドアで燗酒を楽しむ人々にも密着!<File465>

【出演】草刈正雄,【語り】木村多江

放送:2019年1月11日

美の壺 「心ほどける お燗(かん)の道具」

寒いこの時期、恋しくなるものといえば温かいお燗。正しくは燗酒と言います。今や国境を超えたファンも。酒を温めて飲む習慣は世界でも珍しいとか。とびっきりの道具や器で贅沢な時を過ごしましょう。

燗道具

ぐつぐつ煮込んだ美味しそうなおでん。おでんにはやっぱり燗酒ですよね。一升瓶からやかんに直接酒を注いでいます。それを直火にかけ、そのままコップへ。無駄のない動きです。「おぐ羅」店主の小倉良之さんは50年以上この方法でお燗をつけてきました。早く出すのは客を早く温めてあげたいという小倉さん流の思いやり。

このやかんも実は外側が銀で内側が錫の特注品。

「口当たりが良くて、おいしい燗酒ができます」。

酒の温度には特に気を使っています。

このやかんを大切に使ったり咳喉には特に気を使っています。

コップに注ぐ前に口に含んで確認。

小倉さんは甘みと香りが引き立つ絶妙な温度を39°と決めています。

その頃あいは口が覚えているとか。

「昔はよくシャワーを飲んで39度の感覚を掴みました」。

店主の思いやりがこもった優しい燗酒。

今日1つ目の壺。酒温めて心ぬくもる。

ちろり

食と酒のジャーナリストとして知られる山同敦子さん。

お気に入りのちろりに酒を注ぎます。

ちろりとは酒を湯煎するための容器。

鍋のふちに取っ手をかけて使います。

「振り燗という言い方をよくするんですけど、底につかないようにして鍋のフチにかけることで、全体がお湯の中につかっているようなかたちなので自然にお酒が滞留するのでまんべんなくお燗がつきます」。

酒の温度を測るため専用の温度計を投入

燗酒は30度の日向燗から人肌燗、上燗、熱燗、飛びきり燗まで5度刻みで呼び方が変わります。

ちろりと温度計さえあれば自分好みの燗酒がいつでも手軽に。

酒を温める燗道具は古来様々に作られてきました。

世界でも稀な燗酒の習慣がなぜ日本で広がったのか。

理由の一つは日本酒の性質にあるといいます。

「基本的にはお酒の甘みはブドウ糖。これは熱によって飛ばない。うまみも飛ばない。ワインを温めたとしたらものすごく酸っぱくなります」。

日本で酒を温めて飲むようになったのは平安時代の頃。金属製の鍋に酒を入れ自家日にかけたと考えられています。

江戸時代頃にはちろりなどの容器を湯につけて温める方法も。

銅や錫など熱伝導の良い素材が多く使われました。

こちらは陶器のちろり。湯ではなく囲炉裏の灰に差し込んで温めるタイプ。

盃自体を温める仕掛けもありました。

「桃山時代にもすでにこの形はでています。空間があって、ここにお湯を入れます。日本人は集団でお酒を飲む機会が非常に多いんです。盃のやり取りってのも多く、徳利の温かいものをやりとりするとお互いに温かい心が通じる」

日本人の心を移す燗動具です。

酒器

東京湯島にある居酒屋。

気のおけない仲間と燗酒を酌み交わす至福のひとときです。

肩肘を張らずに飲める酒場の徳利といえば。このシンプルな白い徳利。

その場にしっくり馴染む気楽さがあります。

気軽な酒場の雰囲気を家でも味わえるとっくりを作りたい。

そんな思いで制作を続ける陶芸家がいます。

上原連さんと梨恵さん夫婦。

上原 連・梨恵 先生 – 京都カラスマ大学 –

「教えてもらって行ったそこに何気なく置いてあったシンプルな白い徳利。酒蔵の名前がまあ印刷してあるようなシンプルな徳利を見てみんなでいいね」。

大量生産の徳利のそっけない白さが出したくて、わざわざ工業用の土を使います。

手作業には向かない固い土。形が作れる状態になるまで土を練ります。

通常なら2分で終わる作業におよそ20分。

ようやく徳利作り。かざりや柄はつけません。目指すはスッとした立ち姿。

白磁燗徳利。

白く細長い立ち姿は酒場のものと同じ。

下に向かって少し細くして色っぽい雰囲気を加えました。

よく見ると釉薬の掛け残しがあったり、

口に歪みがあったり、わざときっちり完成させないようにしています。

「酒卓にぽんとあったとき、ほっとするというか、お酒を飲んでもいいよという時間になっているというのを感じてくれるような雰囲気のものができればいいなと思って作っています」。

一日の終り二人が作った白い徳利で晩酌。ゆっくりと心ほぐれる時間です。

今日二つ目の壺。良い酒器は酔い心地を助く。

東京神楽坂燗酒には並々ならぬこだわりを持った店です。

店主は数々の名店でお燗の世話をする看板を務めた多田正樹さん。

カウンターにはお燗をつけるための熱め、普通、ぬるめの湯が張ってあります。例えば吟醸系の繊細な酒はぬるめの湯で温めてから普通の湯へ。

温度の上昇を緩やかにすることでまろやかな香りと味わいになるとか。

温度にこれだけこだわる多田さん。

もちろん酒器も。料理や酒の種類温度に合わせて変えていきます。

「燗酒はおもてなしの心を表すもの。酒器もその気持を伝える道具の一つ。場面に合わせてどういうおもてなしを摺るかということで変えていっている。という気持ちです」。

多田さんならではの組み合わせを魅せていただきましょう。

まずは天然の鯛とウニ。吟醸系の酒をぬる燗にして白磁の杯でいただきます。「少し古い九谷焼の盃です」。

口の作りが薄く平たい盃は酒の布が良いので白身魚の旨味の余韻だけを残します。

つぎの料理は油の乗った焼き魚。純米酒の熱燗を江戸時代に作られた普段遣いの盃でいただきます。

「熱燗の温度までつけて、旨味がひろがったあとにきんきの油をズバッときっていく。繰り返しをテンポよく」。

熱い酒を気楽な気分でグイグイと。さて、締めは「テーマは野山」 。

いのししとかぶの炊き合わせに十年熟成の古酒を上燗で。

盃はぽってり厚みのある信楽焼。

「あつあつの煮物。それより若干温度の低いお燗で温度の落差を楽しんで」。

厚みのある徳利と盃。飲み方はゆったりと

「温度を保つ胴体をしてますのでゆっくりちびちびと飲んでいただきながら、野原を眺めながら飲んでいる気分になっていただければ」。

さて今宵の酒はどんな盃で飲みましょうか。

珍しいお燗の道具に魅せられた人がいます。

中野伊智郎さん。

手にしているのは一般に燗銅壺と呼ばれる酒を温める道具。

「ここに済を入れて水を貼る。炭の熱でお湯が湧いてどこにでも持っていける」。

中野さんは江戸時代から明治の頃までの骨董品をインターネットオークションで集めました。

「こちらは万古焼。刈った時は日々だらけで使いものにならないと思いました」。

気づけば全部で13個。気分に合わせて使い分けています。今日は仲間が自慢の燗銅壺を持ち寄り集まりました。

さっそく炭を入れて火をおこします。

炭火でつまみを炙り、いい匂いがしてきた頃、酒もいい感じに温まりました。

今日最後の壺。極上の時を飲み干す。

東京の神楽坂の路地裏。ここに燗酒を一年中味わえる店「伊勢藤」があります。

一歩入るとそこには驚くほどの静寂が。

店主の亀山睦雄さん。客もほとんど言葉を交わしません。

静かにお燗をつけ静かに飲む。創業以来の伝統です。

「昭和12年に祖父がはじめました。全く違う仕事したんですけどこういう店をやりたいって言うんで急に40代ぐらいだと思いますけどね。私生まれて一月で他界してるんで全然覚えてないんです。

静希って書いてあるんですけど。創業の時からお静かに願いますと。今どこでも飲むところは騒がしい。静かに飲める所をと思っていたと思います」。

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