竹のしなやかさと漆のつや。2つの魅力をあわせ持つのが福岡・久留米の籃胎(らんたい)漆器。精緻に編んだ竹に漆を塗り重ねることで生まれる独特の表情に魅了される人が多い。研ぎのワザによって生まれる表面の複雑な幾何学模様も人気の秘密。明治に誕生し、代々受け継がれてきた驚きの制作過程とは?またその技術を駆使して近年制作されるモダンな器とは?全国でもまれな籃胎漆器の産地を笛木優子さんが訪れ、徹底リサーチ。
【リポーター】笛木優子,【語り】平野義和
放送:2018年11月27日
イッピン 「竹と漆でしなやか!つややか!~福岡久留米籃胎(らんたい)漆器」
福岡県久留米市。全国でも稀な籃胎漆器の産地です。昭和21年に創業した籃胎漆器の店があります。社長の井上正道さんが手掛けるお盆や皿、茶器など、店に並ぶ600点の籃胎漆器は、すべて竹を編んだ素地に漆を塗って作られています。色や形、模様は一つ一つ手作業によって生み出されています。
中でも定番商品として人気を誇るのが、お盆。朱と黒の色合い、そして複雑な幾何学模様が特徴です。どのように作られるのか、見ていきましょう。
まずは材料から。「地元のマダケを使います」。マダケは久留米でよく採れ、竹の中でも繊維が強くしなやかだそうです。冬の初めに伐採し、乾燥させます。硬い節以外の部分が材料になります。
工房では、竹を切ってヒゴを作る作業が始まっていました。担当するのは井上さんの弟、正信さん。この道38年の達人です。竹を割り、さらに割って幅5ミリまでにしていきます。
ここで登場するのが、なんとも味わい深い機械。竹を端から入れると、歯車の間を通って薄い竹ひごが次々とできあがります。仕組みとしては、通り道に6枚の刃が付いていて、自動的に鉋掛けが行われるのです。この機械で厚さ0.3 mmの竹ひごが6本作られます。「50年近く使っている機械です。修理する人がいないので、様子を見ながら作業しています」。
できあがった竹ひごは、編む工程へ。網代編みで複雑な模様を作ります。「今から私が竹を編みます」。まず13本の竹ひごを並べ、固定して横糸にあたるヒゴを通します。「真剣には見ていません。薄目で見ながら作業を進めます」。直径30センチほどになったら作業は終了。美しい幾何学模様が編み上がりました。
工房では、各工程を専門の職人が担当します。組み上げられた竹細工をつなぐ「合わせ」の作業では、合成糊に砥粉を混ぜた接着剤を使います。まず底を補強するための板を取り付け、縁を取り付けます。余った部分を切り落とすと、竹のお盆が完成します。
ここからさらに手を加えるのが籃胎漆器。漆塗りの工程です。「ピンホールのような小さな穴が籠の編み目に残っているので、それをきちんと下地処理しないと、漆を塗れません」。珪藻土と液状の接着剤を混ぜた砥粉を隙間に塗り込みます。砥粉を塗るのは職人歴52年の寺田幸市さんです。
砥粉を塗ると、隙間が埋まり、漆が乗りやすくなります。下地が完成したら、いよいよ漆を塗る作業へ。漆を作る際にシンナーを加え、粘りを緩和して薄く塗りやすくします。これを行うのは江頭巌さん。15歳から漆塗り一筋です。漆の粘度は、気温によって調整します。暑い日はシンナーを多めに、寒い日は少なめにするのがコツです。
江頭さんの塗りは、薄めた漆をさらに刷毛で伸ばすように塗っていきます。竹がみるみる漆黒の輝きを帯びていきます。籃胎漆器では、竹の網目の立体感を生かすため、漆を薄めて塗ります。まず黒を一層塗り、次に朱を重ね、最後にもう一度黒を重ねます。この後、三日間乾燥させたら、仕上げ作業です。
研ぎ職人・千々岩勇子さんが、砥石で黒漆を研ぎ、下の朱漆を浮かび上がらせます。模様は全部で50種類あり、千々岩さんはそれを頭に刻み込んで作業を進めます。「一気に全体をむらなく研ぎます」。漆の表面は硬いため、力が必要で、削りすぎると下地が出てしまいます。慎重に指先で砥石をコントロールしながら研いでいきます。
これが研ぐ前のお盆。研ぐと緻密な模様が現れました。最後に、表面を保護するために透明な漆「透き漆」を塗って完成です。
竹と漆の良さを併せ持つ籃胎漆器。それは、職人たちの技のリレーによって生み出されています。
竹と漆をあわせた籃胎漆器の誕生
古来、久留米周辺は良質な真竹の産地で、さまざまな竹細工が作られてきました。明治半ばには、漆職人の川崎嶺次郎が中国の漆器をヒントに、籃胎漆器を考案したと言われています。親しみやすい竹細工と漆を組み合わせたこの籃胎漆器は、たちまち久留米で人気を博し、盛んに制作されるようになりました。
昭和になると、籃胎漆器は久留米を代表する工芸品となり、多くの器や模様が生み出されました。現在、編み方は30種類以上に及びます。こちらは「亀甲網」で、竹ひごを横と斜めに組み合わせ、亀の甲羅が連なるような模様を作っています。同じ亀甲網でも、漆の色や研ぎ出し方を変えることで、このようにさまざまなバリエーションが生まれます。この比類のない魅力は、やがて全国に広まっていきました。
籃胎漆器を未来に
今話題の製品づくりを拝見。籃胎漆器の職人、末吉正季さん。彼は竹ひご専門のカンナを使い、自在に厚さを調整できます。一本一本を自ら作る理由は、素材から編み方まで工夫を重ねることで、常に新しい器を生み出し、籃胎漆器の需要を増やしたいという思いからです。
この日は、太さの異なる2種類の竹ひごを作り出し、中心部分から編み始めました。二本ごとに縦のひごを取り、一目ずつずらしていきます。太いひごと細いひごを交互に並べることで、大小の目が連なり、心地よいリズムが生まれました。
ここで白い塗料を塗ります。これは、白い器を食卓で使いたいという若い女性からの要望に応えたものだそうです。そして、研ぎの工程に入ります。白の下に塗っておいた赤の層が、模様として現れ、まるで現代アートのように。モダンなランチョンマットが完成しました。さらに驚きなのは、リバーシブル仕様で、裏返すとさざなみをイメージしたデザインが現れることです。楽しく、使い勝手の良い製品の誕生です。
末吉さんが従来の籃胎漆器にはない世界に挑み始めたのは10年前のこと。それ以来、50種類以上の製品を作り出してきました。「20代、30代のお客様がこれからの未来を支えていくなら、その声をしっかりと聞き入れ、今までの伝統を大事にしつつ新しいものを作っていかなければいけない」と末吉さんは語ります。
若い世代に使ってもらえなければ未来はない。その信念が生んだ逸品です。竹を編み、漆を塗る——ふたつの工芸が一体となった籃胎漆器。久留米の職人たちは、手間を惜しまず、比類のない器を作り続けています。
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