美の壺「魅惑のきらめき 切子(きりこ)」

美の壺「魅惑のきらめき 切子(きりこ)」

<File440>ガラス表面にカットを入れる工芸、「切子(きりこ)」。その文様には、子孫繁栄、円満、魔よけなど、それぞれ意味が込められている。まるで宝石のような輝きを生み出すカットの技は100分の1mmの精度が求められる超絶技巧!前代未聞といわれた「黒い切子(きりこ)」に成功した薩摩切子職人の開発秘話も!驚きは、和の料理人とコラボした独創的な切子(きりこ)。切子(きりこ)の新たな魅力が発見できる!

【出演】草刈正雄,【語り】木村多江

美の壺「魅惑のきらめき 切子(きりこ)」

放送:2019年3月15日

東京を代表する名所の一つ墨田区の東京スカイツリー。

地上350 M の展望デッキに向かうエレベーターには隅田川の打ち上げ花火をイメージしたガラスのイルミネーションがあしらわれています。色とりどりのガラスは江戸切子。ガラスの表面にカットを入れる日本伝統のガラス工芸です。

切り子は夏のものという先入観が心地よく裏切られるこちらのカフェ。

こだわりのコーヒーを入れるのは切子のコーヒーカップ。

熱いものを入れるために特別に加工したガラスで作られました。

「切子は冷たいものを入れるイメージが強いですが、暖かいものを入れることで若い人たちにも幅広くお使いいただく機会があるかなと思います」。黒いコーヒーに映える切子の透明感。また新たな魅力です。光とガラスの生み出す美しさを楽しむ切り子。今日は新鮮な発見に満ちた、きらめく切子の世界へご案内します。

切り子は180年ほど前に江戸の下町で作られ始めました。

縦横斜めの直線や曲線を交えて作る切子の文様。一つ一つ意味があるそうです。

「江戸切子は代表的な文様が20近くあります。それを組み合わせて創作しています。

七宝文様は円が上に無限につながっていく文様です。

円がつながることから円満、繁栄の意味合いを持っています」。

こちらはナナコ紋。魚の卵が並んでいるように見えることから子孫繁栄を意味します。

カゴメ門です。幸せをつかむ籠。魔よけの意味もあるといわれます。古人の願いを知るほど、模様にも親しみを感じますね。

日本のガラス工芸を研究している井上暁子さん。

貴重な切り子を見せてもらいました。

「江戸時代のガラスです」。

江戸時代のガラスは屈折率が高いため、切子のカットは虹色のきらめきを放ちます。

「よく見ると角がきっちりあっていて、切子がキラキラ輝いています。当時は手で研磨剤をつけて一つ一つ切り込みを入れていったのですね。職人の手作業で丁寧に時間をかけて作っていたことがわかります」。漆や焼き物などとは違う光のきらめきに江戸っ子たちは夢中になりました。当時日本橋にあったガラス問屋のチラシです。コップや皿、重箱などさまざまなものが切子で作られていました。

都内に住む川内由美子さん。江戸時代のちょっと変わった切子をお持ちです。

雛人形と雛道具。江戸時代の暮らしのミニチュアです。雛道具の中には見事な切子が。実際の切子のおよそ1/10のサイズ。まさに超絶技巧。「これ高さ3センチあるかないか。眼鏡かけないとわからない彫りが入ってると思いますね。ハレのもの。庶民のあこがれのモノ。小さいスペースに模様を彫り込むのは大変だと思いますけれど、結構頑張って」細かいカットが精緻に施され、江戸時代の職人の腕と根気が感じられます。今日最初のツボは切り口に輝く職人技。
江戸切子職人三代目の小林淑郎さんです。小林さんが作る切子は宝石を思わせる繊細なカットが全面に施された絢爛豪華な作品です。このようなカットはどのように生まれるのでしょうか。まず器にガイドとなる線を入れ、グラインダーと呼ばれる回転式の機械でカットを入れていきます。切り込みを入れるのは器の外側。職人は器の内側からガラスの向こうを除きながら作業するため、熟練の感覚が物を言います。縦横斜めの線が1ミリのズレもなく細かく交差するカット。一番神経を使うところは8本の線が一点で交わる部分。何度も切り込みが交差する点を削りすぎず、均一の角深さに仕上げるのは至難の技です。「線画何本も交差するところは、われわれは一点にしたいところなんです。線画集まれば集まるところほど力を抜きます。そこは力が入ってるんだか入ってないんだかという感じでその上を通過するんです。ほとんど何ミリ単位で力を入れたり抜いたりしています。それによって文様の交点を合わせてるわけでます。1/100mm 単位で立体的に調整されるカット。しかし単に精緻なだけでは満足な輝きは生まれないと言います。「 機械は真直ぐしかできない。千分の一も狂わない真直ぐな線はひけるけどそれはつまらない。だから人間がやった手仕事ってのは一軒真直ぐな直線のように見えますが実際は揺らいでいるみたいなんですね。それが人間の温かみを出している感じがするんです」。超絶技巧の職人技には光のきらめきとぬくもりが輝いています。

幕末に鹿児島で生まれた切子があります。薩摩切子です。当時の薩摩藩主島津斉彬が薩摩の特産品として西洋の技術を取り入れ普及させました。薩摩切子は透明ガラスの外側には分厚い色ガラスを着せて作ります。ぽってりとした色ガラスの厚みが特徴です。さらにユニークな味わいがぼかし。緩やかなグラデーションが器に柔らかな印象を与えます。器を比べてみると薩摩の色ガラスは厚みが江戸切子の倍以上。その厚みを生み出す色着せという技法を工房で見せてもらいました。使うのは2種類のガラス。まず色ガラスを厚く吹きます。その中に透明なガラスを入れます。二つのガラスを隙間なく重ねるには卓越した技術が必要です。厚みのある色ガラスは切り込みの角度によって色の見え方が異なります。鋭角にカットしたこちらは色の輪郭がはっきりとシャープな印象。逆に緩やかに切り込みを入れると色の濃淡がぼやけます。薩摩切子ならではのぼかしの風合いそれはガラスの厚みとカットの角度を巧みに計算したものなのです。薩摩切子のカットを追求している、切子師の中根オオキさんです。

「薩摩切子はとにかく色を完全に落としきる深い線と、色の厚みをしっかりと残す浅い線。その中間の色を取るか取らないかっていうそのキワで見せる線この3段階の線が組み合わさらないと薩摩切子というかっとになりません」。ぼかしの魅力をさらに引き出す二色使いの切子も生まれました。こちらは青と赤の2色。色の重なるところは紫になり三色のグラデーションを楽しむことができます。色ガラスとカットの工夫が見事な相乗効果を生みました。今日二つ目のツボは色ガラスに命を吹き込む。
近年切子に携わる人々をあっと驚かせた出来事がありました。人呼んで黒の衝撃。黒切子の登場です。透明と漆黒この上ないコントラストを楽しむ黒切子。しかしガラスの特性を無視した光を全く通さない黒いガラス作りは困難を極めました。それに挑戦したのが薩摩切子のガラスを吹く、吹き師・野村誠さんです。「 鹿児島には黒の名産品がたくさんあるのになぜ切り子に黒がないのかと尋ねられました」。野村さんはまず黒い色を生み出す配合について試行錯誤を重ねました。青を出すコバルトや緑のクロムなど、様々な金属を混ぜていったのです。「目に見えないものなのでやるしかないんです。テストテストテストです」。野村さんが目指したのは漆黒のガラス。作っては壊し作っては壊し数え切れないほどの試作品を作りました。「第一号の失敗作」。金属を混ぜれば混ぜるほど理想の黒は遠ざかっていきました。何度も配合を変え、費やした時間は二年。そしてできあがったのはこちら。しかし、もう一つ壁がありました。それは切り子の命カットのむつかしさです。「口の中からグラインダーの刃を乗せカットしていくんですが、真っ黒ですので最初の一手をどこに入れていいのかわからない」。出来上がったガラスは光を通さず、グラインダーの刃が見えません。暗闇の中で作業するのと一緒でした。そこで考え出されたのが明り取りの窓。この窓から刃を見ようと思いついたのです。「中から見てグラインダーの影を感じるんです。影を見ながらグラインダーの一を感じ取りながらカットを入れる」。頼りは窓の向こうに見える刃の影。そうして出来上がったのが黒切子の器です。漆黒だからこそ輝くガラスの輝き。黒切子は大きな反響を呼び、新たな定番の色となりました。思い描いた理想の色。妥協せず一歩一歩近づいた懸命の努力がこの色に込められています。

使う

江戸切子職人堀口徹さんです。堀口さんが作る切子には使う人の視点に立った仕掛けが施されています。「横から見るとしんぷるですが、飲むときの目線から見ると映り込みがきれい」水を入れると光の屈折が変わり文様が一層煌びやかに。「この後自分が作り終えた後、何か何らかの要素が加わることによって例えば飲み物が生える食べ物が映えるとか、もしくは光が当たるとか目線が変わるとかのことによって完成を迎えるでそれで一番ベストな状態に持ってくるみたいなことをできたらなーっての考えたりしてますね」。堀口孫の思いをどう受け止めるかは使い手次第。今日最後のツボは使うほどに気付く
切子を愛し一年を通して使い続ける料理人がいます。上村良輔さんです。器を使う料理人の視点から堀口さんにアドバイス。新たな切子作りに挑戦してきました。「本当に一緒に器を作るというのはどういうことなのか、自分の作ったものがどんな形で提供されているのかその状況もわからない決済をしてくださるお客様に届くまでにどれだけ考えてるのかっていうちょっと30代前半にありがちな熱い魂のぶつかり合いですよね」。冬のスペシャリテ。マツバガニの甲羅盛り。これに切子をどう使うか。堀口さんと上村さん二人のセッションで生まれたのがこちら。ドーム型の器です。冬の光が優しく降り注ぐカマクラをイメージしています。その翌年器は更に進化しました。雪のきらめきに見立てた光がカニに宝石のような輝きを与えています。そして3年目一体どんな器が。カットのレンズ効果がカニを万華鏡のように映し出します。切子が結ぶしゃれた遊び心。職人から料理人そしてお客さんまで。そこに生まれた対話によって切り子は今日も進化を続けています。