美の壺「みんな大好き 日本の洋食」

美の壺「みんな大好き 日本の洋食」

<File431>ナポリタン、エビフライ、カレーライス…西洋料理を日本の美意識と工夫で変身させた洋食。横浜生まれの「ナポリタン」に込められたアメリカへの憧れ。「カレーライス」の器に隠された秘密。「エビフライ」に見る和食の美学。洋食のオールスター「お子様ランチ」誕生秘話。福井で郷土料理にまでなったソースカツ丼。京都・祇園の舞妓(まいこ)さんが生んだ一品も!小山薫堂が語る洋食の極意とは?! 【出演】草刈正雄,小山薫堂,【語り】木村多江

美の壺「みんな大好き 日本の洋食」

放送:2018年12月16日

プロローグ

親子3人で切り盛りしている町の洋食屋さん。確かな腕と家庭的な雰囲気が愛されるお店です。その味を求めてまた一人常連さんが。放送作家で脚本家の小山薫堂さん。かの有名な大ヒット料理番組を手がけた食通。世界中の料理を食べ尽くしてきた小山さん一押しの洋食屋さんがこちら。麻布十番の洋食屋・大越。「このハンバーグの素晴らしいところはやっぱり肉のそのものの美味しさを後ろから押し上げるようないろんなうまみがギュッと凝縮されていて、それで一口食べるとまたついもう一口食べたくなるんで、そこにご飯を追いかけさせる。ご飯こっち。お米さんこっちに来なさいっていうようなそういう手招きをしている感じがありまして。この西洋のものと日本が誇る米をさも当たり前のように合わせるとか合流させ、さらにそこにお味噌汁も付くと今違うものがなかなか交わらなかったりあるいは国文ができたしてる中で握手をしっかりしているというその姿勢が洋食のえらいとこだなと思います」。西洋料理のエッセンスを和の美意識で見事に変身。今日は誰もが大好きな洋食をご紹介します。

憧れ

横浜の老舗ホテルの人気メニュー。スパゲッティナポリタン。もっちり太麺にたっぷりの具材。ナポリではなく横浜生まれの洋食です。港を望む「ホテルニューグランド」 。第二次世界大戦後すぐのこと、ホテルは進駐軍に接収されました。アメリカ兵はよく軍の保存食のパスタをケチャップで和えて食べていました。それにヒントを得たホテルの料理長がトマトソースに具材を加えて一品料理に仕上げたのが始まりでした。

ナポリタン画像

【ザ・カフェ】 ホテルニューグランド発祥の伝統料理|ホテルニューグランド(公式ホームページ)

ホテルのナポリタンを受け継ぎ広めたのが同じ横浜にあるこちらのお店「センターグリル」。オープンは戦後すぐ。安く美味しく腹いっぱいを目指しました。創業者の石橋豊吉さん。戦前はフランス料理を学びましたが戦後はアメリカ風に方向転換。その代表がケチャップ味のナポリタン。日本では珍しかったステンレスの皿で出しました。進駐軍の暮らしを通して垣間見た、豊かで強いアメリカ。石橋さんにとってピカピカに輝くステンレスの食器はその象徴でした。「戦争に負けて日本画落ち込んでいるときに戦争に勝ったアメリカは素晴らしく見えた。戦争に勝つ国はすばらしい国だ。食生活も素晴らしい。これから素晴らしい文化になるためにはアメリカの料理をみなさんに食べてもらうのが一番という思いだったんじゃないかなと」ステンレスは陶器の10倍の値段だけど10倍長持ちするんだと家族を説得。特注の皿には米国風洋食の文字を刻みました。アメリカへの憧れが詰まったステンレスの器。豊吉さんの言葉通り70年以上経った今も現役です。今日一つ目のツボは器が誘う異国の情景。

本の街のカレー

神田神保町は言わずと知れた本の街。実はカレーの激戦区としても有名です。本を漁るのに忙しい人たちがさっと食べられるからという説も。こちらは古本家の前になぜかカレー屋の看板。本棚の向こうにはなにやら人だかりが。神保町でも12を争う人気の老舗「欧風カレーボンディ神保町本店」。こちらがそのカレーです。フランス料理のブラウンソースを応用。赤ワインや乳製品もふんだんに使ったまろやかでコクのあるカレーです。そしてカレーと言えばこの器。この不思議な形は一体どこから。元々はイギリスの上流階級などで使われているグレイビーボートと呼ばれる洋食器。ソースやドレッシングを入れる器です。明治時代。洋食と共に日本に持ち込まれ、いつしかカレーに使われるようになりました。昭和40年代にはカレールーのパッケージにも登場し、認知度は全国へ。魔法のランプのような形が異国情緒を誘います。イギリス流ならレードルと呼ばれるおたまですくいますが・・・。そこは日本の洋食。豪快な一気がけも。「ごはんに掛ける場合は豪快にかけます。お肉だけ、ソースだけかけてもいいですし。この二点が主流ですが、お客様の自由に。器の中に入れてもいいですし。そんなお客さんもいてびっくりしました」 洋食と器が誘う異国への旅。自由な発想が洋食の世界を広げてきました。

エビフライ

東京神田のオフィス街に店を構える洋食屋さん「七條」。お客さんの多くが注文する人気のランチメニューとは。「私はエビフライです。大きいのとサクサク感」評判のエビフライ。ただ美味しいだけではありません。まっすぐに伸びた尻尾が天を指しています。この姿がファンを惹きつけます。「大きめの海老です」冷凍エビ。実はあえてそうしているんです。「洋食というのは肩肘張った贅沢ではなく、ちょっと贅沢。プチ贅沢な感じということで、冷凍のエビで原価を抑えて。工夫して、安く美味しく食べてもらうのが洋食の道」安いからこそ手間をかけると七條さん。エビの腹に切れ込みを入れ伸ばします。こうすることで丸まらず、真っ直ぐに揚がるのだとか。衣をつけるときにも一工夫。普通は一度の所、あえて二度漬けして行きます。「一度漬だとエビの曲がる力のほうが強いですから、もう一度つけることによりエビが真っ直ぐに揚がります。クライマックスは盛り付け。「洋食はヒトサラ二皿で完結しますので、その中でより豪華に見えるように。意識しているのは二等辺三角形。日本料理の盛り付けの繊細さや立体感がベースにあります」エビの尻尾を頂点とした美しい二等辺三角形のできあがり。今日二つ目のツボは洋食という名のオリジナル。

お子様ランチ

日本橋三越デパートの大食堂和洋中いろんな味が楽しめます。やってきたのはお子様ランチ。機関車のお皿に子供の大好物。洋食のオールスターです。日本最初のお子様ランチは昭和の初めにこのデパートで誕生したと言われています。明治37年。日本初のデパートとして開業。3年後には大食堂も開設されました。創業当初からデパートは家族連れで楽しめる場所を目指しました。おもちゃ売り場や屋上遊園地。さながら子供のワンダーランドでした。そこで登場したのがお子様ランチ。サンドイッチ、ハム、ケチャップライス。コロッケスパゲティ。金平糖まで付いたとてもハイカラなメニューでした。「その登場お子様洋食と呼んでいたんですけれども。昭和5年頃にその時の食堂部の主任がその時食器売りが持ってきた食器を見てそれがすごく可愛らしかったのでその食器を使ってお子様に夢のある食事を提供できないかということで考案されました。やっぱりその時代入っていますと今昭和四年頃にあった昭和恐慌があって、すごく暗かった時期でございます。その中でもせめてお子様だけには笑顔でいていただきたいという気持ちがあったようで、そこからお子様洋食店ものが誕生しました」山をかたどったケチャップライスの頂には旗楊枝。登山好きだった食堂部主任の「山の頂上には旗がつきもの」というアイディアでお子様ランチのシンボルになりました。ちびっ子たちに喜んでもらおうとお子様ランチは今も進化し続けています。大阪の阪急デパートでは電車のケースに入ったお子様ランチ。上野動物園の近くにある老舗松坂屋デパートには今が旬のお子様ランチ。パンダです。お子様ランチには子供への愛と遊び心があふれています。

いつもの

稲刈りを終えた福井の田んぼ。コシヒカリを生み出した米どころです。自慢の米を使った洋食ががあるといいます。「ヨーロッパ軒」。ソースカツ丼福井でカツ丼といえばこれ。創業者がドイツで習ったカツレツをヒントに秘伝のウスターソースに漬けて丼ものに仕立てました。カツの肉汁とソースの旨味が絡み合う一品。ご飯にも並々ならぬこだわりが。「ご飯に合うソースということが前提で始まっておりますので、いかにご飯を美味しく食べるかそれに尽きると思うんです」美味しいソースカツ丼にはソースと調和するお米が不可欠でした。頼ったのは地元で米屋をしている谷本玲子さん。ソースに合う米をブレンドするため試行錯誤を続けました。「粘りがありすぎてもソースした時にねっちりとなりますし、やはりコシヒカリの旨味が出ないと納得いきませんでした」谷本さんはコシヒカリをベースに甘み甘さ粘りなどが異なる4種類の米をブレンドすることにしました。品種の違う米をブレンドしながら精米していきます。その年の作柄や季節によっても配合を微妙に変えていきます。ふっくらして旨味があるのに適度な硬さ。ソースをかけてもべたつかないご飯です。今日最後の洋食は土地の色をまとう。

京都祇園。町屋の連なる小路を行くのは藤谷攻さん。 配達していたのは卵トースト。黄金色に輝く卵焼きが華やかな祇園にふさわしい一品です。藤谷さんのお店、祇園「切通し進々堂」は祇園の人たちの憩いの場。「今日は何がよろしいですか」家族三人で営む小さなお店。調味料も出しも一切加えず新鮮な卵のほんのりした味で勝負する卵焼き。トーストも同時に焼き揚がるよう気を配りながら、じっくり時間をかけて熱を通すのがコツだとか。「仲間で火は通っているんですけど焦げてない。もちもちした弾力性。家では絶対できないこの味は」舞妓さんや芸子さんはおなじみさん。店内には名前を書いた千寿という紙が貼られています。たまごトーストが生まれたのも舞妓さんのリクエスト。「50年ほど前ですけど。舞妓さんがお仕事行くのにトーストだけでは物足りないので、なんか挟んでもらえないかというので、たまたま卵があったからやったのがはじまり」添えられたフォークは舞妓さんのおちょぼ口でも食べられるようにと言う心遣いです。「頑張った時のご褒美に食べてます」・この日は成長を見守ってきた芸子さんが一人前になる衿替えの日。藤谷さんのお店にも挨拶に来ました。いつもそこにあってみんなを笑顔にしてくれるそれが日本の洋食です。

取材先など

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