美の壺「涼を楽しむ 夏の甘味 」

わらび餅、ゼリー、みつ豆、ところてん、水ようかん…安らぎと清涼感をもたらす夏の甘味を紹介!京都・貴船の川床でいただく「わらび餅」。食べる宝石!創業130年以上の和菓子店が手がける輝く「ゼリー」。目にも涼しい、氷のような寒天キューブの「みつ豆」。黒蜜派?酢じょうゆ派?富士山の湧き水が生み出す「ところてん」。向田邦子が、音楽から照明までこだわる「水ようかん」究極の味わい方とは?! <File479>

【出演】草刈正雄,俳人…夏井いつき,エッセイスト…向田和子,【語り】木村多江

放送:2019年6月28日

美の壺「涼を楽しむ 夏の甘味」

東京・下町の甘味処。夏の暑い盛りにほっと一息。冷たくて甘い甘味が至福の時をもたらしてくれます。

夏の甘味は見た目も涼やか。

色や形、香りや食感など古くから涼しさを呼ぶ工夫がされてきました。

さらにあの人が愛した水羊羹も。

今回は涼味満点夏の甘味を堪能します。

趣向

いにしえより京の奥座敷と呼ばれて来た京都・貴船。夏は街中より5度から10度も涼しい別天地です。

この夏の風物詩は川床。

京都の喧騒を忘れ、川床で頂くのは贅沢な京料理と思いきや甘味です。

中でも人気なのがこちら。

わらび餅です。

「もともとは子どものおやつ。何分山の中ですしお店もありません。何も買えないので、いつも用意して、欲しいというとすぐに作って出していました。それが始まりです」

そもそもわらび餅は手軽にできるお菓子です。

でもそこに一工夫。空気を入れるように混ぜ、餅の中に気泡を作ります。

この気泡が滝の飛沫を表現。水に浮かべることで涼やかな川の流れを演出します。身近にある草木をあしらいます。

この日は新芽が美しいあけび。心づくしの甘味です。水から掬ってお好みで黒蜜やきな粉をつけていただきます。

「この川床はもう随分昔からやってますけれども、気軽に利用して京都の文化として皆楽しんでいただく、ちょっと滝の雰囲気を味わっていただくような形で作ったわらび餅。それで涼しさを感じていただければと思います」

今日一つ目の壷は伝統を涼やかに演出。

京都・中京区。ここにも夏ならではの甘味があります。

明治18年創業の和菓子店です。季節ごとに架け替えられるのれん。

祇園ばやしが聞こえる夏の盛りには、大きな朝顔。

江戸時代の町家を改築した店構え。店の一角に喫茶室があります。

坪庭を眺めながらいただく夏の甘味は寒天のゼリー。

12ヶ月毎月違うゼリーが登場します。

5月。新茶の出回る季節は抹茶。小豆の蜜漬けが添えられます。

6月は梅酒蜜。

8月は暑気払い。冷やし飴に生姜のトッピング。まさに食べる宝石です。

「この時期京都に来たら、あ、あれがあるかなと浮かんでもらえたらと思ってますので、京との彩の一つになると思ってます。毎月その時期のものがあるのでおいでになってその季節をいただけたら京都においでになる目標を提供できたかなと思います」中でも涼しげなのは7月。ミントのゼリーにミントのシロップ。ミントリキュールに和菓子で使われるハッカを加えて爽快な味と香り。添えられているのはサイダーです。ゼリーとサイダーを交互にいただく趣向。15年前からの夏の人気メニューです。「京都の夏は死ぬほど暑いですので、サイダーをつけてみたら清涼感が倍になったんで、偶然なんですけども。7月はこれでいけるなと思いましたね。伝統っていうのは昔から続いてるものって決まってますけども、新しく作り出すもの伝統ですのでね、時代によって味一つでも変わるんです。昔なが昔ながらというのは全然違うんです。今の方が食べて美味しい思うものが昔ながらの美味しい味になるんです。ですからなんぼでも変えたらいいんです。変えられるのが伝統なんです」

透明感

夏の甘味といえば、つるんとしたのど越しと、なんといってもこの透明感。こうした夏の甘味の涼しげな様子はどのようにして生み出されるのでしょう。東京・浅草。老舗和菓子店の甘味処。明治36年に日本で初めてみつ豆を売り出しました。こちらが当時のみつ豆です。夏にお菓子で涼しさを感じてほしいと考えられたみつ豆。決め手は寒天の形でした。「寒天をサイコロ状に切ることで、まるで氷のような透明感、キラキラ感、清涼感を出すことができたと思います」和菓子の材料として身近だった寒天をサイコロ状に切ったところ、まるで氷のようだと評判に。トッピングはあんずと赤えんどう豆。そして牛皮。当時としてはとっても華やか。洋風を意識した銀色の器とスプーンでふるまわれました。みつ豆はみつ豆ホールと命名した喫茶店で提供され大人気に。その後全国に広まりました。みつ豆のトッピングは時代とともに変化してよりカラフルな現在のスタイルに。昔も今も透き通った氷に見立てた寒天が清涼感を醸し出します。今日二つ目の壷は目にも涼しく舌にも涼しく。

つるんとした喉ごしが人気のトコロテン。皆さんは黒蜜派それとも酢醤油派。奈良時代中国から伝わったというトコロテン。江戸時代には天秤棒を担いだトコロテン売りが登場するほど人気になりました。静岡県西伊豆町。トコロテンの原料となる天草の一大産地です。古くから質の良い天草が取れることで知られています。5月から6月にかけては天草漁の最盛期。取った天草はすぐに天日に干されます。日光にさらし水洗いを繰り返すことで色素が抜け、白っぽく変化します。この天草が透き通ったトコロテンになるのです。もう一つ、トコロテンに欠かせない材料は水。富士山の雪解け水が湧き出す柿田川です。透明度が高いことで知られています。明治2年創業のトコロテン工場。トコロテン作りに柿田川の湧き水が使われます。繰り返し干して白っぽくなった天草に、一度だけ干して赤い天草をおよそ2割ブレンド。美味しさと美しさを追求した配合なんだとか。「赤いと海の香りが強くて、きれいに天日で干したさらしの天草、白い奴です。それだと透明感が出て白っぽくなって、つるつるとした食感になります」ここでは棒状の寒天や子なの寒天は使いません。天草そのものから作ることにこだわっています。およそ5時間。様子を見ながらじっくりと似ることで、天草から寒天質という固まる成分を取り出します。煮て濾した液を型に流し込みます。一晩自然冷却したトコロテン。寒天質の効果でしっかりと固まっています。およそ30年前から伝わる特製のてんつきで切り出すと、程よい弾力で角の立ったところてんの完成です。つるんとコシのあるところてん。自分で突くのも楽しみの一つ。磯の香りと名水が生み出す味わいです。「柿田川湧水は富士山の湧き水で濁りがゼロ。トコロテンは水が大部分を占めていますので湧き水は重要で、その水をたっぷり使って美味しくなっていると思います」。五感で楽しむ夏の甘味です。

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俳句の季語と夏の甘味。今日最後のツボは時を越えて愛されて。

脚本家で直木賞作家の向田邦子。自ら水ようかん評論家と名乗る程、水羊羹を愛しエッセイにも記しています。水ようかんは桜の葉っぱの座布団を敷いていますが、薄緑と薄墨色の取り合わせや、ほのかに映る桜の匂いなどの効用の他に水羊羹を器に移す時の事も考えられているのです。昔ながらの慮りがあるのです。向田さんのお気に入りは自宅近くの和菓子屋の水羊羹。仕事の合間に訪れては女将と話すのが楽しみでした。まず水羊羹の命は、切り口と角であります。宮本武蔵と眠狂四郎がすぱっと水を切ったらこうもなろうかというような鋭い切り口と、それこそ手の切れそうな尖った角が無くては水羊羹と言えないのです。向田邦子さんの9歳下の妹和子さんです。「邦子って人はぐずぐずしているようですけど、割ときちんとしないのが好きじゃない。シーツはのりがきいてピタッとしていないのが嫌い。靴が汚れているのが嫌い。それと同じように、水羊羹たるものは四角くきちんと角ばっているものが命だと思っているんです。切り口のきれいなものを口に入れる時の何とも言えないのど越しの良さを命としていたんですけどね」鹿児島近代文学館。向田邦子さんの資料や愛用の品々と共に水ようかんに使っていた器が収められています。それがこちら。直径15センチ ほどのぽってりとした皿。私は水羊羹の季節になると、白磁のそばちょこに京根来の茶托を出します。水羊羹は素朴な薩摩切子の皿か、小山しんいちさん作の少しピンクを帯びた肌色に、縁だけ甘い水色のオランダ手の取り皿を使っています。ライティングにも気を配ろうじゃありませんか。簾越しの自然光か、せめて昔風の少し黄色っぽい電灯の舌で味わいたいものです。ムードミュージックは何にしましょうか。私はミリーヴァーノンの spring is here が一番合うように思います。冷たいような甘いような気だるいような生ぬるいような歌は水羊羹にぴったりに思えます」「子供の時にお三時に何を食べたのかという名残。自分の体の中で覚えているということはあります。だからやっぱり美味しいものがあった時にはどんなに忙しくてもお抹茶立ててリフレッシュして、今までやってたことを断ち切って新しいことに入るとか、無駄がないと面白くないから無駄があった方がいいという風にずいぶん小さいときから言われました」水羊羹が一年中あればいいという人もいますが、私はそうは思いません。新茶の出るころから店に並び、うちわをしまう頃にはひっそりと姿を消す。その短い命がいいのです。「ほれこんでる物に対してはやっぱり筆が乗るんじゃないでしょうか。水羊羹も口当たりがいいのでよく書いたんじゃないでしょうかすべりがいいように。のどごしがいいように」