美の壺 「将棋」

知られざる将棋の魅力満載! 必見!羽生善治さんが長年愛用する駒。鮮やかな模様は虎か孔雀(くじゃく)か!?“木の宝石”と呼ばれる黄楊(つげ)の駒。名人戦に使われる、明治の名工がのこした逸品の駒。掛川城で戦う王将戦の舞台裏に密着。駒音が美しく響く極上の将棋盤。驚きの職人技とは!?伝統を受け継ぐ若き駒師が、漆で描き出す流麗な筆文字。コレクター垂ぜんの名品駒も続々登場!<File438>

【出演】草刈正雄,羽生善治,【語り】木村多江

放送:2019年1月3日

美の壺 「将棋」

前人未到の永世七冠を成し遂げ国民栄誉賞を受賞した羽生善治さん。
その羽生さんを破り史上最年少で6段になった藤井聡太さん。
天才棋士達の活躍によって空前の将棋ブームが巻き起こっています。
「藤井聡太四段みたいになりたい」40枚の駒を使って互いの王を取り合う将棋。
その駒や盤には様々な工夫が。例えば駒の形は先が尖った五角形。
それには意味があります。
チェスや囲碁の駒は色の違いで敵と味方を区別しますが、将棋は敵も味方も同じ駒。
五角形の向きで見分けているんです。
だから取った相手の駒を自分の駒として使うことができます。
最高級の生地に極上の漆が施された駒は1級の工芸品です。
日本古来の知恵と技が詰め込まれた将棋。その奥深い世界をご紹介しましょう。

木地

将棋の原型が生まれたのは5世紀頃のインド。
複数の人がサイコロを振って駒を動かすゲームでした。
日本では平安時代の遺跡から古い将棋の駒が見つかっています。
江戸時代にはこんな将棋も。
804枚の駒を用いる大局将棋。
今の将棋にはない面白い名前の駒がたくさん。
駒はそれぞれ独特の動き方をしていました。
勝負がつくまでには今の将棋の10倍以上の手数がかかったと言います。
「限られたコマの数で面白さを追求していったのが今の将棋」。

東京渋谷区にある将棋会館。
ここで70年の間大事に保管されてきた駒があります。
年に一度の名人戦で使われる通称名人駒。
明治から昭和にかけて活躍した駒師、奥野一香の傑作です。
「駒は使っていくうちに美しくなっていく」。
今日1つ目の壺は木の宝石が生む風合い。

若手駒師、須藤思眞さん。
須藤さんが特に拘るのが駒の木地です。
木の宝石と言われる黄楊。
その中でも最高級の素材を使っています。
東京から200キロ離れた伊豆諸島御蔵島。
須藤さんは毎年島を訪れ駒に使う黄楊の木地をじかに選んでいます。

「年輪とは別の模様が入ってくるのが御蔵島の黄楊の特徴です」

一つとして同じものがない黄楊の木目。
それをうまくいかすのが腕の見せ所。
根っこの複雑な模様を生かした根杢。
虎のような縞模様の虎斑。
孔雀が羽を広げたように見える孔雀杢は特に希少なもの。

「同じつげの木でも模様が全体に入ってる時と、ここしか入ってないっていうそういうのがあるのでここしか入ってないと当然枚数はそれほど取れない」

須藤さんが全ての駒に同じ木目がでるよう形を整えていきます。
一組40枚の駒。
珍しい模様になると何本もの黄楊を使ってやっと揃えることもあるのだとか。
まさに木の宝石です。
一方将棋の盤にはまた違った性質の木地が選ばれます。
榧です。
程よい弾力性があり多少の傷は復元する将棋盤には最適な材料です。
江戸時代の将棋盤作りの技を継承する吉田寅義さん。
ここは先代から受け継いだ材料を保存している倉庫。
今ではなかなか手に入らない榧。
将棋盤を300以上作れるほどストックしています。
倉庫にある盤の多くは直径一メートルある大木から切り出されました。
最高級の盤を作るには木の芯を避け、年輪が整った部分を使わなければならないからです。
こうして作られた榧の盤は年輪が綺麗に揃った柾目。
乾燥した時の歪みも少ないのです。

「300年たたないと盤にならない」

ほかにも盤には様々な工夫が。
盤の裏側にある窪み。
駒音を響かせるとともに、木の乾燥を促進させる役割があるそうです。
こちらは盤の足。
クチナシの実をかたどったもの。
勝負に口出し無用という意味が込められているとか。
最後の大事な作業を前にした吉田さん。
神棚から取り出したのはなんと日本刀。
いったいこれで何をするのでしょうか。
刃先に均等に漆をつけて。
慎重に盤の上へ。
刀の反りを活かして線を引く太刀盛という技。
シャープで立体的な線が引けるのは漆の特性を利用しているからです。
線が引かれる瞬間を正面から見てみましょう。
独特の粘りを持つ漆。
刀の刃先が離れると表面張力によって立体的な線を形作るのです。

「漆を使う気ではなく、漆に使われる気になれって。漆の具合が良くて刀と自分が全部一緒になれば、きれいな線が出てくるわけです」

黄楊の駒とかやの盤。
最高の組み合わせです。

文字

プロ棋士の羽生善治さん。
愛用の駒をみせてもらいました。

「日常的によく使っている駒です」

20代前半に購入。
以来25年以上大事に使い続けてきたそうです。

「普段遣いのものは見やすいもの。版に馴染みやすいもの」

これは昭和の初期に作られた字母帳。
古来、駒に使われてきた書体をまとめたものです。
書の達人後水尾天皇の書を元にした太字で力強い錦旗。
幕末の三筆と言われた書道家の名前がついた流麗な筆致の巻菱湖。
書体の数は全部で22。
これらが現代の駒の文字の基礎となっているのです。
将棋の駒を鑑賞して楽しむ人達も将棋駒研究会の皆さんです。
この日は自慢のコレクションを持って集まりました。
こちらは黄楊の根杢の模様に巻菱湖の文字が入る逸品。
貴重な孔雀杢に水瀬という人気の書体。
どれもマニア垂涎の品ばかりです。

「木地と漆の字のコントラストが美しいですよね」

告げに浮かび上がる駒独特の文字。
今日2つ目の壺は、木地と響き合う漆文字。

須藤さんは今では数少なくなった手書きの文字にこだわる駒師。
字母帳から型紙を作る作業。
筆の流れを強く意識して書くといいます。

「文字書くっていう行為自体に時間の経過が必ずあるんですよね。
だから字見た時に、速く書いてある。遅く書いてあるって人間て感じとるじゃないですか。
だからそういう面白さが筆跡にもあって」

完成した須藤さんの作品。
漆の文字が盛り上がって見えませんか。
これは盛り上げ駒という最高級の駒。
須藤さんはこの高い技術を受け継ぐ駒師なのです。
先ほど作った型紙を柘植の駒生地に貼り、よく研いだ印刀で彫っていきます。
文字の躍動感を大事にしながら下地に沿って彫り進めます。
わずかなズレも許されない緻密な作業です。
それを戸の粉を混ぜた錆漆で埋めます。
盛り上げ駒の耐久性を上げるためです。
いよいよ漆で文字を盛り上げていきます。
須藤さんが使うのは極細の面相筆。
黒呂色という光沢ある漆をたっぷりとのせていきます。
漆が乾き始める前に一気に仕上げます。

「一回の無駄のない感じって言ったらいいのかな。勢いっていう勢いももちろん含まれますけど
生きてるなっていう感じっていうのが伝わるといいなと思って。やっててこうやって自分でも驚くようなことが
字は面白さはありますね」

一筆一筆進めるごとに駒に生き生きとした表情が宿っていきます。
生地の成型から完成までおよそ一年。
この世に二つとない個性際立つ駒が完成しました。

対局

大正時代から続く秦野市の老舗旅館。
ここに数々の名勝負を生んだ将棋の聖地があります。
庭に囲まれた松風の間。
二百を超えるタイトル戦が行われてきました。
昭和最強の騎士と言われた大山康晴と天才・升田幸三の対極。
その大山の獲得したタイトル数八十に羽生さんが並んだのもここでの対局でした。
松風の間はもともと明治天皇の宿泊のために建てられたもの。
細部には当時一流の職人たちの技が施されています。
控室として使われる隣の部屋は明治天皇謁見の間。
日本画家・川合玉堂の晩年の作といわれる鳩を描いた屏風が語られています。
対局の際には宿の細やかな心配りも。

「何よりも棋士の方々が主役ですので、ご近所で工事があると予めお話をしてご都合つけていただいたり、
二人が集中できると対極に向きか向き合える空間がちゃんと作れたらというのは意識いたします」

最後のツボは決戦を支える心配り。

二の丸茶室

静岡県掛川城にある二の丸茶室。
今年一月。
王将のタイトルをかけた戦いの舞台となりました。
前日に行われるのは対極に使う盤と駒の見分です。
地元の有志によって提供された名品。
さしごこちや駒音などを確かめます。

「こういうお城とかで対局できるっていうのは棋士になってからの憧れでもありますので」
「やっぱり気持ちが引き締まりますし、まあこういう場所でさせるということが非常にありがたいことだなと感じています」

対局の場を切り盛りするのは茶の湯のおもてなしに精通した地元の人たちです。
新年最初のタイトル戦。
季節に合わせたしつらいにします。
掛け軸はおめでたい寿と福。
松や南天など、正月らしいものが飾られました。
部屋の入り口には高炉。
地元掛川名産のお茶の葉がたかれていました。

「香りがふわってこう行くようにはなって、これを毎回朝支度してお茶を使って香りでまずはおもてなしをと思ってます」

対局の朝。
着物姿で登場した二人の棋士。
いよいよ戦いが始まりました。
時代を超えて伝えられてきた将棋。
そこには日本人が大切にしてきた美意識や匠たちの技がありました。

取材先など

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