今年は新しい美術館の開館ラッシュ。より身近に、より多彩に、地域や作品と出会える刺激的な空間が次々と誕生している。建築家・青木淳が改修を手がけ、自ら館長も務める「京都市京セラ美術館」が目指したのは、チケットがなくても通り抜けられ、誰もが思い思いに過ごせる“原っぱ”のような空間。その他「弘前れんが倉庫美術館」、「アーティゾン美術館」もご紹介。“地域の核”となることを目指す、新たな 美術館 の姿に迫る。
【司会】小野正嗣,柴田祐規子
放送:2020年6月28日
日曜美術館 「ようこそ! 私たちの美術館」
出かける方も迎える方も初めはちょっとドキドキ。
でもその向こうにまだ見ぬ世界が待っています。
新しい美術館。
この春続々とオープンするはずだった美術館。
新型コロナウイルスの影響で延期していましたが、ようやく動き出しました。
2020年の新美術館はただ作品を鑑賞するだけの場所ではありません。
そこは時空を超えて人と作品、人と地域をぐっと近づけてくれる魔法の場所。
「生き生きとしてまだ生きてるかのように」
美術館でアートとの新しいお付き合いはじめませんか。
今日はスタジオを飛び出して、久しぶりに京都にやってきました。
素晴らしい天気であちらにはね平安神宮の鳥居が。その鳥居の右手。
今日の目的地です。美術館めぐりですね
やってきたのは京都市京セラ美術館。
現存する日本最古の公立美術館です。
3年がかりで改修し5月26日リニューアルオープンしました。
館長の青木淳さんです。美術館のリニューアルに関しては設計を担当しました。
日本を代表する建築家の一人青木純さん。
そこに集う人々が使い方を生み出していくような開かれた建築を目指してきました。
「視線を吸い寄せられるような素晴らしい建物だと思います」
「昭和8年に建った建物で帝冠様式って呼んでいる建物なんです。堂々としてますね。よく見ると下の方は西洋の古典主義的な造りをしていて屋根に日本的な屋根がかかっている。二つの全く違うスタイルがついている」
和洋折衷
「屋根は黒っぽく見えますけど銅です。元々のこれをリニューアルする前は銅が緑青を吹いていてグリーンだった。吹き替えたので今はちょっと茶色」
リニューアルする前からこの形っていうのはそのまんま
「そうなんです。だから地上の部分は昔と変わらないんです。少し綺麗にしたところがありますが、これはこれで80年以上京都の人を中心に愛されてきた建物なので外観を変えてしまったら元も子もないだろう。我々がやった事っていうのはこの上の方じゃなくて下の部分なんです」
まず手を入れたのはエントランス。
もとは地上にありました。
大胆にも地面を掘り起こし、地下に新しいエントランスを作ります。
左右に傾斜を付けたことで生まれた小さな広場。
緩やかなスロープが人々を誘います。
「スロープで少しずつ降りてきて入るようにしました」
確かに吸い込まれる感じですよね
「今ここいるところはさっき上で見えた玄関の下なんです。これは新しく作ったところで、ここから進みますけど」
今回のリニューアルで青木さんが目指したのは人々が行き交う開かれた美術館。
まず見えてきたのは。
高い。吸い込まれそう。
スロープを下って吸い込まれ見上げてまた吸い上げられる。
高さ16メートルの中央ホール。
ここは本館の中心に位置し、入場券がなくても誰もが入れます。
5つの展示室にはここからアクセスします。
「ここが十字路。センターです。西から昇ってきて真ん中に入ってこれから東に向かいます。この建物の中で一番重要なのがこの西から生かし抜けるこの導線です」
美術館が建つのは平安神宮のすぐそば。
正面の西側は賑やかな参道に面し、その奥には緑豊かな東山。
美術館には元々、東西南北に四つの玄関がありましたが、西玄関以外は閉鎖され
使われていませんでした。
そこで青木さんは今回、東側の玄関を解放。
美術館の中に一本の通り道を作ったのです。
展覧会のチケットを持たない人でも美術館を自由に行き来できるようになりました。
「この軸線上に沿って歩くと、だんだんだんだん緑が見えてくる」
なんでここが一番重要なんですか
「性格が一番違うんですね。西と東だと。西側が神宮道っていう大通り。都市的な空間。こちらは後ろ側に東山を控えていて、緑しかない場所。だから建物なんだけど向いてる方向によって見える物が違う」
違うこのあたりまで来ると全く別の風景が見えてくる。
「なんとなくもうこれだと屏風のように」
建物の奥に埋もれ、地元の人にもほとんど知られていなかった日本庭園。
明治の天才庭師小川治兵衛が関わったとされています。
「これがやっぱりこの美術館の持っている一番楽しい体験だと思う。違う世界。今回は東山があり、動物園から来る人はこっちから入れて西に抜けられる。西から来た人も動物園側に抜けられる。美術館の中に一本道が通っている。子供を連れた人が向こうから歩いてきて、なんかやってるなーって言って、行ってみようかって入って。展覧会見てもいいわけで、通り抜けるだけでもいい。改修前までは扉が閉まっていた。今この上、ひさしだったとこです。内部空間を取り込んだ形なので昔だったら外だった所」
美術館の中にできた一本の通り道。気軽に出かけられる自由な広場となりました。
この美術館が開館したのは昭和8年。
建てたのは京都の市民です。
地元の芸術家の作品を展示収蔵するために市民が寄付を集めて建てました。
まさに市民による市民のための美術館。
今回のリニューアルは収集してきたコレクションに改めて光を当てようとしています。
これまでなかった常設展示室を新たに設けたのです。
「屏風ですね」
京都画壇を代表する榊原紫峰の獅子。
コレクション第一号の作品です。
「一番最初に入ったのが獅子というと、非常に意味深いかなという風に思ってるんですけれども。伝統的に奥にあるものを守るような神獣で、狛犬とともに待ち構えるっていいような意味合いがあるわけですよね」
美術館を守る存在だった。
「実は隣にあります動物園にライオンがいたので写生をする。ということで写生をした上で最終的にどう構成するかということを考えたので淡い色調ですけれども迫力があって優れた作品なんですね」
京都市の動物園のライオンがモデルになってる。
こちらの部屋にも色々作品がありますけれども。
「これも美術館の初期からコレクションにあったもの」
中村大三郎は結婚した年、自分の妻をモデルにこの絵を描きました。
帯にはカラフルな桃やぶどうが描かれ、なんともモダン。
新しいもの好きの京都人らしい出で立ちです。
そしてこのピアノにも物語が。
実はこのピアノ市内の小学校に置かれていたチェコ製のピアノ。
100年ほど前、西洋音楽が本格的に日本にやってきたころ、地域の人々がお金を出し合って小学校にプレゼントしたものだそうです。
子ども達に最新の文化教育を。
そんな京都人の先進性が現れたピアノ。
その心意気を伝える一枚です。
3700点あまりのコレクションの中にはこんな作品も。
大きく描かれた出産の場面。
向井久万は32歳の時。
長男の誕生きっかけにこの絵を描いたと言われています。
赤子を取り上げようとする助産師と呼吸を整える妊婦。
生まれてくる我が子のための寝具と目隠しの屏風も描かれています。
「このころはまだこう出産って絵に書く主題じゃなかったような気が
するんだけど」
「秘められたものであったり、みんなで視線を注いでっていうようなものではおそらくになかったはずだろうと思うんですよね。そういうことにあえて目を向けつつ非常に素直に女性の強さであったり、神聖さであったり、そういうものを何か描きたかったんだろうなと。美術館として同時代の作品。そしてむしろあの若い青年画家。アーティストの仕事をぜひ買いあげますと。あれはまだまだ未熟だよとか常設にするのはどうか。みたいな議論もあったのは事実なんですが、私たちが今80年時代を超えて拝見すると当時の時代っていうものを非常によく表していますし、今から見ると非常に優れ作品は沢山あるわけですね」
コレクションとの時を越えて新たに始まるお付き合い。
「コレクションっていうのはすごく重要だと思う。あの作品に行けば出会えることがあると会いに行こうかなという気になる。ところが今まではこの美術館の中に常設の作品がある場所ってなかったんですね。ようやく今回の空間を作ることができたんで」
あの絵に会いに行こうと思えば会いに行ける。
「日常の生活の中で過ごしてる時間と、少し違う時間が美術館野中にありますよね。だからちょっと疲れた。しんどいな思ったらまた美術館に来てほっとできるかもしれない。全く違う時間が流れて行くところが美術館のいいところだと思いますね」
東京駅から徒歩5分。
オフィス街の真ん中に新しく誕生した美術館があります。
アーティゾン美術館です。
ビルの1階から6階までが美術館。
元々この場所にあったブリヂストン美術館が名前も新たにオープンしました。
美術館を作ったのは石橋正二郎。
世界トップクラスのタイヤメーカーの創始者です。
無類の美術好きでもあった石橋は日本の文化向上に貢献したいと、1952年。東京の真ん中に美術館を開きました。
日本はまだ戦後の復興期。
近代絵画を常設で見られる場の誕生に人々は熱狂しました。
今では誰もが知るモネ、ルノワール、セザンヌなど巨匠の名画がずらり。
西洋絵画、特に印象派を中心としたコレクションにより日本人とアートの距離を近づけてきました。
そんな豊かなコレクションを生かし美術館が新たに挑むのが現代作家とのセッション。
年に一度、現代作家がコレクションの作品を使い展覧会を開きます。
1回目にセッションする作品の一つ《雪の中を駆ける鹿》。
19世紀フランスの画家クールベの作品です。
銃声に驚き雪の中を逃げ惑う鹿。
クールベは現実をありのままに写し取ることで生きた絵画を追求しました。
「我々の美術館の新しいコンセプトの一つに想像の体感っていうのがあるんですけれども、それはまさにその新しい美術から新しい美術が生まれてくるその場というものを来館者に見て頂きたい」
このセッションに白羽の矢が立ったのが現代美術家の鴻池朋子さん。
展覧会の準備をしているところにお邪魔しました。
鴻池さんはありとあらゆる素材を使い、深い森や動物の世界を思わせる作品を制作しています。
アトリエには何やら不思議なものがいっぱい。
何かがくっついた襖。
「ずっと持ってた、10年ぐらい持ってた石を、いつ使うのかわからなかったんだけど、今持って、割ってつけ始めました」
西洋絵画とどんなセッションを奏でるのでしょう。
ではご覧いただきましょう。
鴻池さんと石橋コレクションのジャムセッション。
「今までは美術館って、ガラスに入った名画を距離を取って見せていただくような感じでした。だからお宝を珍しいもの見るって言う距離の中から今度はもう少し近寄って、そこにちょっとした接点を持たせてあげて、その接点で摩擦が起こって、そこからエネルギーが生まれないかなって模索してるが今回の展覧会だと思います」
名画と新たな形のお付き合い。
青森県弘前市。
ここにも新しい美術館が誕生しています。
弘前れんが倉庫美術館です。
赤レンガのずっしりとした壁。
スカッと輝くゴールドの屋根。
元々は大正期に酒造工場として建てられた建物。
レンガの壁などを活かしながら改修し、美術館として蘇りました。
エントランスでは地元弘前出身のアーティスト・奈良美智の作品がお出迎え。
この美術館では弘前の地域性を生かした新しい作品を作家に依頼し、コレクションにしていきます。
その最初となるのが国内外8名のアーティストの作品たち。
ニューヨーク在住の笹本晃さんによるインスタレーション。
このレンガ倉庫に残されていた扉やはしごなどを使って作りました。
ダクトから送り込まれるのは風。
その向こうに在りし日の人々の気配が蘇るかのよう。
大正期。西洋最新技術を導入して建てられたこの建物。
吉野町煉瓦倉庫と呼ばれ、地元弘前の人々に愛されてきました。
建てたのは地元の青年実業家・福島藤助。
仮に事業が失敗してもこの建物が将来遺産として役に立てばとレンガ造りにしたといいます。
やがて弘前の名産品であるりんごを使ったシードルがこの工場で生産されるようになりレンガ倉庫は一躍脚光を浴びます。
西洋風の建物で作られるハイカラなシードル。
ここは弘前の人々にとって自慢の場所でした。
その閉鎖から半世紀。
地元が誇る遺産は人々が集う新たな場として再び歩みを始めたのです。
「弘前は独自の歴史がありますよね。その歴史ってのは一つの資産だと思うんです。そうだとするとそこに独自の新しい美学を作り出すべきじゃないかと思うんですね。それは実はアーチストだけが作るものじゃなくて、見ている方。市民の方もそれに参加するんですよね。そこで紡ぎ出される新しいアートの可能性ってのが見てみたいなという気がしますね」
今回新たに作られた作品の一つ。
《いのっちへの手紙》
タイ人のアーティスト、ナウィン・ラワンチャイクンさんが手がけました。
中心に描かれているのは通称いのっち。
弘前で出土した四千年前の猪型の土器です。
パネルの形は弘前のねぷたから着想を得ました。
弘前の風景や地元の人々。
かつてこの地で生きていた人々の姿も描き込まれています。
そしてレンガ倉庫の生みの親、福島藤助の姿も。
作家のナウィンさんは、地元のりんご農家や商店街の人など30人以上を取材しました。
撮影に訪れた日は弘前市民限定の公開日。
多くの地元の人が作品の前で足を止めていました。
「良き弘前。賑やかな時の弘前が残っている感じがします」
「弘前のそれぞれの特徴みたいなものがギュッと凝縮されている」
「分かりやすくとても良い」
福島藤助のすぐ下で微笑んでいるのはその子孫にあたる女性。
なんとこの日美術館を訪れていました。
「藤助様がレンガで作らないと後世に残らないと言って、そのレンガにとってもこだわっていたようなので、藤助様の思いの通りに残ったことが本当に嬉しいことだと思っています。生き生きとして、まだ本当に生きてるかのように蘇ってくるような素晴らしい作品だと思います」
ナウィンさんは美術館のオープニングに参加し弘前の人々と作品の完成を祝うことを楽しみにしていました。
しかし新型コロナウイルスの影響で来日はかないませんでした。
タイからこの作品を見る意味について語ってくれました。
「今アートにできることは人々にまだ希望はあると感じてもらうことです。アートの力で人々を励まし、どうしたら人と人がもっと繋がれるのかを考えるべきです。昔はコミュニティが深く結びついていましたが、現代の暮らしは私たちをバラバラにし、孤独にします。人々は都会では一人で暮らしています。これは変えることはできません。しかしアートはパンデミックの中で人々を励まし、ともにあることの価値に思いを至らせることができます」
人々が集いつながる地域の新たな居場所です。
そして再び京都市京セラ美術館。
ここにも地域に新たな風を吹き込む仕掛けが作られました。
現代アートを展示するための新館。
東山キューブです。
最初の展覧会は杉本ひろしさんの瑠璃の浄土。
こけら落としとなったのは現代美術作家杉本博司さんの展覧会。
テーマは現代に現れた浄土。
近年急激な開発が進む京都。
そこに現れたのは苦悩の現世を抜けて行き着く静かな理想世界です。
蓮華王院三十三間堂の千手観音が見るものを迎えます。
さらに展示室を飛び出しこんなところにも杉本さんの作品が。
池に浮かんだガラスの茶室。
アートと共に新たな風がやってきます。
「いろんな作家の作品が入ることによってこの空間自体も全く違ってくると思います。いつ来ても同じ気持しか持てないと美術館として失敗だと思います。いかに作家によってその空間が変容するかっていうのが実はテーマと言ってもいいかなと」
「変容を重要視することが織り込み済みの作品ではありますね。建物自体も現代作家たちの作品によって変わることを厭わないというか」
「それが楽しいこと」
「元々ある美術館をリノベーション、今までなかった形で蘇らせるって言う側面と、新しい展示スペースっていう異質な空間を繋げて有機的な空間を生み出す。美術館っていう場所に対する我々の感覚を更新していく場所なんだという感じがしました」
「美術館だけじゃないかもしれないけど、僕たちは生きてる世界は次から次新しいレイヤーが重なってできていると思うのです。表面だけが重要なんじゃなくて、重なり方がすごい重要だと思う。だからこの美術館では80年前の層とか現代の層とかが上手くなじむっていうのか、どう重ね合わせるかとやっている。だから美術館で多分これから多くなるのはそういうある時代の記憶というものを持ってるものが今の時代とどう重ねられるかという空間が増えてくんじゃないかなと思います」
「地層のイメージで行くと、古いものが新しいものに重なっていく。だから古いものを見るのは結構大変なんだけど、こういうスペースを見ると、レイヤーというものが水平的に感じることができる」
美術館として囲われているのではなく、今ここに立ってると動物たちの声が聞こえたりすぐそばに平安神宮があったりで誰でも犬のお散歩のついでにここのお庭を通れるからそういう空間である事ってここにいると初めて感じます
「生活の中っていっぱいのことしてるわけで、その中の一つの重要な時間だと思うんです。だから美術がないと生活が楽しくない。それは音楽がないと楽しくないと同じようなそんな日常にすごく近いもので、展覧会に行こうっていうだけじゃなくて美術館に行きそこで時間を過ごすことができたらばいいだろうなと思います」
ちょっと寄りたくなる美術館っていいですね。
ようこそ私たちの美術館。
新しい日常が始まります。
今回ご紹介した美術館。予約制や定員制になっています。
事前に確認してからお出かけください。