手の中に入る大きさのステンレス製の「トング」。チタンという硬い金属で作られた「ぐいのみ」。東京の町工場から生まれた暮らしに身近な 金属加工製品 、そこに隠された技術に迫る。
手の中に入る大きさのステンレス製の「トング」。これは、墨田区のプレス工場が開発したもの。しかし、製品誕生までは苦難の連続。プレスで成型すると、どうしても表面に凹凸状のシワが入ってしまう。1年以上も試作を重ね、職人がたどり着いたプレスの方法とは…。そして、ヘラ絞りという金属加工を行う大田区の工場では、チタンという硬い金属で出来た「ぐいのみ」を開発。硬いチタンを成型するために技を磨いた職人を追う。
放送日 2022年11月4日
イッピン「得意技をバージョンアップ!〜東京・金属加工製品〜」
これはキッチンや食卓で使われるトング。
見慣れない形ですが手にすっぽりヒットしてサラダを取り分けるのも楽です。
こちらはチタンという金属で作られたぐい呑。
チタンの特徴は熱が伝わりにくいこと。
だから冷酒はぬるくなりにくく、熱燗は冷めにくいです。
手に持っても熱くありません。
二つとも東京の町工場から生まれました。
普段は車や医療器具などの精密な部品を請け負い作っています。
高度な技術が誇りです。
その技術を使って製品作りに乗り出しました。
最高レベル。今までやった中では一番難しい。
町工場が暮らしに身近な製品を生み出す。
技と工夫の物語です。
東京都墨田区。
明治時代から多くの町工場がひしめくようになりました。
現在その数は二千程。
笠原スプリング製作所
この工場も操業九十三年。
金属のプレス加工を専門としています。
四代目の経営者笠原克之さん。
プレス加工とは金属の板を型に当て、圧力をかけること。
メーカーからの発注を受け建設機械や医療器具などの部品を作っています。
これまで様々な部品を作り出してきた経験から、腕には自信があります。
笠原さんが自社製品として十三年前に開発したのがこのトング。
その斬新なデザインと、使い勝手の良さで評判になりました。
きっかけは地元墨田区が町工場支援のために行ったプロジェクトでした。
ものづくりコラボれション事業。
町工場に自社製品を作ってもらい、その販売まで手助けするというものです。
著名な工業デザイナーたちが製品をデザイン。
町工場の側は得意とする技術でそれを製品化します。
一人のデザイナーから笠原さんに勧められたのがこのトングでした。
この商品がうちの大きく言うと未来を支えるんだという何かこれに賭けてみようっていうか。
トングの開発に工場の未来がかかっている。
それはこの時、経営が危機的な状況にあったからです。
父が経営する工場に笠原さんが入ったのは1990年。
その直後にバブルが崩壊します。
メーカーは人件費の安い海外の工場に発注を回すようになりました。
やむなく人員を整理し、父と二人だけの家族経営に。
2008年のリーマンショックがさらなる追い打ちをかけます。
売り上げは五分の一にまで減少。
苦境の中経営を引き継いだ笠原さん。
メーカーからの発注を待つだけではいずれ倒産する。
培ってきた技術で、自社製品の開発に乗り出そうと決意します。
この商品ができないできなかったら色々なことを諦めていいかなっていうのをありましたので、何を頼りにというか、このトングしかなかったということですね
しかしその道は困難を極めました。
まずは試作品作り。
ステンレスの板をトングの形に切り抜き、型に当てて上からプレスしました。
ところが出来上がりは到底製品にならない代物でした。
トングの表面に波打つような凹凸が。
丸く滑らかになるはずがしわが入ったような状態に。
デザイナーも、これではダメだと厳しく指摘。
いつもどおりに運んだ手順のどこに問題があったのか。
プレスはそんなに難しくないと思ってたんですね。これとこれなら行けるかなっていうぐらいの感じでした。まさかそこにそこにしわが入っていくのかっていう感じだったんですね。
原因はそれまで手掛けていた部品との違いにありました。
これまでの部品はほとんどが平面で構成されたもの。
それに対してトングは曲面でできています。
平面の場合、プレスをかけると金属の板に同時に同じ圧力がかかります。
出来上がったものにしわが寄ることはありませんでした。
しかしトングの場合、丸みを持った方の中央部分その一点に最初に圧力がかかります。
周辺部分にはまだ圧力が掛かっておらず、中央に引き込まれます。
圧力がかかるタイミングのずれが、しわを作ってしまうのです。
板を厚くすればシワができにくくなる。
そう考えましたが、トングが重くなり、使い勝手が悪くなります。
その上材料費もかさみます。
圧力をもっと強くかければ、しわを押し広げて滑らかに仕上がるのではないか。
当初の六十トンから百トンへ。さらに四百トンと圧力を上げて試しました。
しかししわは消えません。
これ以上押したらもう金型が割れてしまうかもしれないという状況でした。その方法では前に進めない状況になっていきましたね。
一年間という製品開発の期限を四か月オーバーしても出口は見えてきません。
どうにも行き詰まった時、墨田区の施設からある人物を紹介されました。
山口文雄さん。
金型の設計を手始めにプレス加工全般の専門家になり海外でも知られる存在です。
この頃、墨田区からの依頼で企業の技術指導を行っていました。
材料の縁を押さえて凹凸の形状で押していけばしわが発生することなく形状を作ることができる。
山口さんのアドバイスそれはプレスするとき縁の部分を抑えること。
材料の金属板の縁を金型からはみ出させ、そこをしっかりと押さえておく。
こうすれば真ん中に圧力が掛かっても周囲がそれに引き込まれることはなくしわはできない。
まさに目から鱗の発想でした。
灯台もと暮らしと言いますか、最初から行けばよかった。今思うと足元が見えてないというか、なかなか気づけないですよね。やっぱり気づけなかったっていうのはありますね。
一からやり直し。
まず縁を押さえることができる新たな金型を作らなければなりません。
それには時間も経費もかかります。
しかし生き延びるためにはこの道しかありません。
完成した金型でプレスをしてみます
結果は成功です。
表面は奇麗な局面に。
これをもう一度プレスしきれいに仕上げるのですがここで問題が。
押した時にトングそのものの縁のところに傷が入ってしまうんですよね。ただ押さえただけでも。
ブレスをかけても縁の部分の折れ曲がった後が傷のように残ってしまうのです。
完成品と比べるとこの通り。
この傷跡が残らないようにするにはどうしたらいいのか。
出した結論は。
金形の角を削ること。
角に丸みを付け、口の曲がり具合が目立たないようにします。
一ミリ単位で型を削ってはブレスを試しまた削る。
試作品の数は百個を超えました。
そして二か月後。
しわが寄らず、しかも縁の部分に跡が残らないこの難問を解決することができました。
開発を始めてから一年半。
ついに努力が報われたのです。
しかし自社製品の完成を喜ぶ暇はありませんでした。
笠原さんは各地の問屋を訪ね、売り込みに奔走しました。
これまでにない経験でした。
あーやっとこれで世に商品が出せるようになったと思いました。完成してそこでますごい嬉しさがあるんですけど、そこが終わりじゃなくて、それができてこう世の中に出ていって、売れていってどうなっていくかっていうところにまたいろんなストーリーがあるのかなと。
トングの売れ行きは好調で工場の危機を救いました。
笠原さんは確信します。
生き延びるために製品開発は欠かせない。
2015年に開発したフードピック。
爪楊枝のようにおつまみなどを挿して使います。
小さな木の形が可愛いと、二万本以上の売り上げを記録しました。
自らの技術を見つめ直し、それに工夫を重ねること。
そこから可能性は広がっていくと笠原さんは言います。
プレス一つでも色んな方法があって、その会社の持つ開発力とか得たものは相当大きなものだと思います。
難題続き 技でのりこえる
日本酒好きにはぐい飲みにこだわる人多いですよね。
これはチタンという金属で作られたぐい呑。
チタンは軽いだけでなく温まりにくく冷めにくいのが特徴。
つまり冷酒にもよく熱燗にもいい。
持っても冷たすぎず熱すぎないのです。
作ったのは東京大田区の町工場。
「高桑製作所」社長の高桑英二さん。
得意の技術を駆使して自社製品を作りたい。
その思いがチタンのぐい飲みを生みました。
この工場が得意とする技術。
それはヘラ絞り。
日本が世界に誇る職人技です。
型をセットして平らな金属をし当てます。
ここで登場するのがヘラ棒と呼ばれる道具。
型と金属板を回転させながらヘラ棒を押し当てます。
形に添うように金属が徐々に変形していきます。
一枚の板から生まれる形つなぎ目がないので表面はなめらかに仕上がり、しかも耐久性に優れています。
ここでは車のエンジンや家電製品の精密な部品を作ってきました。
でも一般の人の目に触れる機会はありませんでした。
なかなかそれが実際に目で見える。使ってる人にありがとうとか使ってる人がうれしいとかっていう場面は
なかなか見る機会がないので、じゃあもっと何か喜んでもらえるもの何かできないかなっていうことで開発を始めたっていうことになります。自分たちが普段使うようなアイテム。それがあの実際手にできるアイテムで他と違うこういうことがあるんだこれは職人が作り上げているんだっていう。
ヘラ絞りの技術を使って暮らしに身近なものを作りたい。
思い付いたのがしたんでできたぐい呑でした。
でもこのぐい飲み。
作ることができるのは八人の職人のうち四人のみ。
池上央将さんはその一人です。
三十七歳。キャリア十一年。
チタンを思うような形にしていくのは並大抵ではないと言います。
チタンの場合だと硬くて伸びにくい素材なのでそこら辺がちょっと難しいかなと。
チタンは鉄と比べるとずっと硬く、変形しにくいのです。
従来のやり方では型通りに作ることはできません。
鉄と比較してみましょう。
鉄の板はそれほど力を入れなくても伸びていきます。
チタンの板は少しぐらいの力ではなかなか言うことを聞いてくれません。
ヘラ棒の使い方に工夫を凝らす必要がありました。
鉄の場合。
ヘラを当てて右から左にすっと動かしていけば形に沿った形になります。
しかしチタンではしっかりと力を込めなければなりません。
べらぼうの動きもダイナミックになります。
カーブを描いてえぐるように。
これを何回も繰り返してやっと型通りに変形します。
足を開いて腰を低く構えます。
での力だけでは足りず体全体を使うのです。
さらにじっくりと時間を掛けること。
チタンが型に十分沿わないうちにヘラ棒を先に進めると波打つように歪んでしまいます。
こんな失敗を何度か重ねたことか。
やがてチタンを相手にする時のコツを体が覚えてくれました。
こうしてつばのある帽子のような形ができます。
ここからがまたひと苦労なんです。
防止のつばに当たるところを折り曲げて二重構造にします。
中に空気の層ができ保温性が高まるのです。
折り曲げる作業もへらでします。
しかしこの作業には従来のヘラ絞りとは異なる厳しい条件が課せられていました。
理由は型を使えないこと。
ぐい飲みは底に向かってすぼまっています。
この構造が型を使えなくさせているのです。
ストンとまっすぐなら絞ったあと形を抜くことができます。
しかしすぼまっていると型を抜こうとしても引っかかってしまうのです。
頭を使わず設計通りの形に絞っていく。
そんなことができるのか。
型に沿わせて整形するのがヘラ絞りの基本。
その常識を捨て去らなければならないのです。
一つのミスでパーになっちゃうんでそこにちょっとプレッシャーもそうですし、型がないのでその基準がない感じですね。なので力をめいっぱい入れればそれだけへこんでいっちゃうので、そうすると形が、自分がイメージした形にならないようになっちゃう。一発勝負ですね。
力を入れ過ぎても駄目。
かといって慎重になり過ぎてもうまくいかない。
出来上がりをどこまでイメージできるかが鍵だと気づきました。
こうして挑戦が繰り返されたのです。
何回も失敗はしましたね。いまだにちょっと失敗もします。もちろん最高レベルですね今までやった中では一番難しい。
できました。
仕上げに表面を磨き、光沢を出します。
チタンという難しい素材。
その上最後には形を使えないという難題。
それを克服することで、ヘラ絞りの奥深さを実感したといいます。
今池上さんはこの和歌にさらに磨きをかけ、新しいものを生み出したいと考えています。
チャレンジはしていきたいなと思います。ゴールは多分ないんじゃないかなと。常にこう真剣勝負じゃないですけど。
東京の街。
そこには工夫と挑戦を繰り返す。
技を進化させる職人たちがいました。
情報源
笠原スプリング製作所さんのHPはこちら http://kasahara-spring.com/index.html
てのひらトング https://stylestore.jp/products/detail/161987…
TREE PICKS https://stylestore.jp/products/detail/162077…
MARIA AMALIA マリア アマリア
— 高桑製作所 (@hitohirasibori) October 27, 2022
【11月4日NHK-BSプレミアム】イッピン「得意技をバージョンアップ!〜東京・金属製品〜」 | 株式会社オルタスジャパン