美の壺 「白い宝石 豆腐」<File539>

大豆から生まれる“白い宝石”豆腐は日本人のソウルフード▽木綿の穴に秘密あり!京都の湯豆腐がおいしいわけ▽のど越しにこだわる江戸っ子が愛した絹ごし豆腐▽江戸のベストセラー「豆腐百珍」の料理を再現。豆腐の多様なレシピと栄養が飢きんを救った?▽神奈川・大山詣りから進化を続ける“変わり豆腐”▽星つきフレンチのシェフが作るTOFU極上の一品▽落語家・瀧川鯉斗が草刈邸に謎の豆腐屋として登場!<File539>

初回放送日:2021年5月28日

美の壺 「白い宝石 豆腐」

白くて艶やかで、つるっと滑らかな喉越しの豆腐は、そのままでも良し、焼いても良し。お出汁につけたり、あんと絡めたりと、どんな料理にも合う万能な食材です。江戸時代の初め、豆腐は晴れの日のご馳走とされていました。やがて『豆腐百珍』という豆腐を使った料理本が出版され、豆腐料理のレシピはなんと百種類を超えていたそうです。材料は大豆と水とニガリだけ。豆腐は作り手の腕によって、その個性が際立ちます。昔ながらの伝統的な製法で作られる豆腐や、現代の食文化に合わせた新たな豆腐が存在し、世界中の食通からも注目を集め、日々進化を遂げています。大豆から生まれる白き宝石、豆腐の魅力に迫ります。

京の木綿

豊富な地下水が流れる京都では、豆腐の原料の八割は水です。そのため、豆腐づくりには美味しい水が欠かせません。先週、寺院の最高格式を誇る大本山南禅寺で精進料理として食べられてきた豆腐が話題になりました。この界隈で、あの湯豆腐も生まれたとされています。

創業は明治四十三年。南禅寺御用達の豆腐店があります。京豆腐 服部。この店には、大切にされている一枚の錦絵があります。江戸時代に活躍した浮世絵師・歌川国貞が当時の豆腐屋の様子を描いた作品「とうふ屋三郎兵衛」で、障子には「南禅寺豆腐屋」の文字が見え、室内には木綿豆腐を作る道具が描かれています。京都の人々が特に好んだのは木綿豆腐でした。

「京都は季節感を大事にしますので、冬は木綿豆腐、夏は絹ごし豆腐を使います。しかし、京都の方は夏でも麺が好きな方が多いですね。冬場は湯豆腐や鍋物には必ず木綿豆腐を使う方が圧倒的に多いんです」と、三代目店主は 服部一夫は語ります。

木綿豆腐がなぜそこまで愛されているのか、その秘密を南禅寺門前の湯豆腐屋に訪ねました。「利尻昆布を使ったお出汁で、水からゆっくりと沸かします。土鍋の蓋を少し触って、中がほんのりぬるい状態で食べていただくと、大豆の甘みを感じることができます。京都では湯豆腐に木綿豆腐を使いますが、その理由は木綿豆腐特有の隙間にあります。木綿豆腐は硬めですが、湯に少し入れるとふくらんで柔らかい食感になり、隙間にお出汁がじんわりと染み込み、深い味わいが生まれるのです。」

豆腐にじんわりと染み込むお出汁の味わいが、京都の湯豆腐の魅力です。

今日一つ目のツボは「木綿の隙間に隠れる技」

清水寺の近くにある湯豆腐店 南禅寺 順正、その創業は江戸時代初期にまでさかのぼります。店長の 浅野聖史 さんが湯豆腐を作ってくれました。

利尻昆布の出汁に 木綿豆腐 を入れ水から沸かします。

通りを一歩入ると、広い庭園が続き、その奥には地下の薄暗い一室に、江戸時代から続く伝統的な豆腐作りの工房があります。京都・清水寺 の近くにある湯豆腐店 総本家ゆどうふ 奥丹清水。石臼を引いているのは、十六代目の当主、小倉忠輔さんです。

彼のこだわりは大豆にあります。滋賀県平地方の農家と契約し、無農薬で栽培された大豆を使用しています。大豆は一晩水に浸けますが、この水も同じ地域の地下水を使っています。超軟水で、大豆の風味を引き出すため、豆腐作りに適しているそうです。

機械は一切使わず、すべて手作業で行います。まず、水に浸けた大豆を石臼で丁寧にすり潰します。石臼から流れ出るのは大豆のお汁で、すでに豆腐の白い色が現れています。石臼で引いた大豆は摩擦熱が少なく、酸化しにくいため、大豆本来の風味や香りを損なうことがありません。

次に、この大豆のお汁を大きな鍋で炊き上げます。約二十分間加熱することで、大豆からタンパク質や旨味が抽出されます。熱々のお汁を布に入れて、豆腐のもとになる豆乳を絞り出しますが、これも三人がかりの重労働です。

こちらは、豆腐を固めるためのニガリを作る部屋です。藁の中に粗塩を入れて、ニガリを抽出しています。藁は長く、20年前からこの状態で吊るされています。ニガリとは、塩化マグネシウムのことで、海水から塩分を分離させて残った液体です。海から遠い京都の街中で発達したニガリを作る知恵が受け継がれています。

「左に回して、ニガリを入れてから右回転にするんですが、刺すときにはもうすでに液体が凝固し始めているので、力加減がとても難しいですね」と、作業の難しさを説明します。

次に、木箱に木綿の布を敷いて、一度固まった豆腐を箸で崩します。「父から教えられたのは、あまり箸を通しすぎないことです。箸を通しすぎると水分が抜けて硬くなるため、その加減が難しいんです」と語ります。そして、水を抜くための穴から豆腐が出ないよう、木綿の布で包みます。これが「木綿豆腐」という名前の由来です。重しを乗せて約1時間待つと、固い木綿豆腐が出来上がります。この豆腐には、湯豆腐の出汁がしみわたるための隙間が生まれています。

「今のお豆腐というと、柔らかいイメージがありますが、昔ながらのしっかりした本来のお豆腐は何だったのか、子どもの頃におばあちゃんと食べた記憶が蘇るんです。だからこそ、これをやめたくないし、作り続けているんだと思います」と語るのは、豆腐作りに情熱を注ぐ職人さんです。

京都料理の味を守り、伝え続ける木綿豆腐の伝統がここにあります。

江戸の絹

京都からやってきた豆腐は、江戸でも大人気でした。中でも、絹ごし豆腐はその喉越しのなめらかさが好まれました。今回は、東京芝にある豆腐料理店とうふ屋うかで、絹ごし豆腐の魅力を探ってみましょう。料理長の藤田信さんにお話を伺います。

「簡単そうに見える作業ですが、豆乳の温度や撹拌するスピードが非常に重要です。ニガリが全体に行き渡らないと、固まる場所と固まらない場所が出てしまいます。意外と非常に難しい作業なんですよ」と、藤田さんは語ります。

ニガリを入れた後、崩さずそのままの状態で味わうのが絹ごし豆腐の魅力です。「絹ごし豆腐は、そのなめらかな食感、口当たりが多くのお客様に好まれています」と藤田さんは続けます。

水分が多く、あっさりした味わいの絹ごし豆腐に、豆乳の出汁でさらに大豆の風味を加えた豆乳鍋「豆水とうふ」。冷たい昆布出汁を入れた真鍮の器を沼に見立て、蓴菜(じゅんさい)を浮かべ、絹ごし豆腐を加えた目にも涼しい一品です。

さらに、豆腐に片栗粉をまぶして揚げ、絹ごし豆腐の柔らかさを閉じ込めた一品もあります。温かいお出汁と一緒にいただく鍋物です。豆腐を揚げることで、出汁が染み込みやすくなり、絹ごし豆腐特有の喉越しもそのまま楽しむことができます。

今日、二つ目のツボは、江戸っ子が愛したなめらかなのど越し

江戸時代に出版され、大ベストセラーとなった料理本『豆腐百珍』。豆腐だけで、なんと百通りものレシピが書かれています。さらに、豆腐料理を「尋常品」「通品」「花品」「喫品」「用品」「絶品」の六つのランクに分けて紹介する、珍しい本です。

江戸料理や文化を研究する車浮代さんは、『豆腐百珍』に載っている献立をすべて再現し、その背景を探求しています。「それまでは料理人のための料理本しかありませんでしたが、『豆腐百珍』は初めて庶民向けの読み物として作られた料理本なんですよ。それで、庶民が料理に目覚めたと言われています」と、車さんは説明します。

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中でも江戸っ子に大人気だったのが「八杯豆腐」。ところてんを作る道具を使った作り方が載っています。車さんに同じ方法で再現してもらいました。八杯豆腐は、豆腐をうどんのように細長くする料理で、出汁は水が六杯、お酒が一杯、醤油が一杯の合計八杯から作るため「八杯豆腐」と名付けられました。「冬には非常に温まる料理で、江戸では好物だったと言えます」と車さんは語ります。

また、少し変わった名前の「雷豆腐」も紹介されていますが、一体どうして「雷」なのでしょう? 熱したごま油に豆腐を崩して入れると、バチバチという音がすることがその由来です。醤油を入れてさっと炒め、長ネギを加えてひと混ぜ。わさびを刻んで添え、大根おろしと一緒にいただくというシンプルながら風味豊かな一品です。

さらに、気品に分類された「こおり豆腐」もユニークです。寒天の中に豆腐を閉じ込めて、まるで氷の中に入っているかのような涼しげな料理。黒蜜をかけてデザートとして楽しんだり、酢醤油をかけてところてんのように味わったそうです。

江戸時代に豆腐料理がこれほどまでに発展したのには、理由がありました。

「『豆腐百珍』は読み物としてエンターテインメント性に富んだ本ですが、実際に調べていくと、その背景には飢饉が影響していたように思われます。大豆は、飢饉の時の救済食材であり、特に天候に左右されにくいことから、米の代わりに主食となることができる食材でした。そのため、豆腐に注目が集まったのです」と語られています。

豆腐は、喉越しの良さだけでなく、重要な栄養を補うために、さまざまな形に変化していったのです。

シン・トーフ

神奈川県大山。江戸時代、大流行した「大山まいり」には、江戸の人口が約100万人だった頃、年間20万人もの参拝者が訪れたと言われています。参拝者は祈祷などの謝礼として大豆を収める風習があり、それが元で豆腐が作られるようになったと言われています。大山の山道には、今も豆腐料理を提供する宿坊が軒を連ねています。

この地域では、大山からの豊富な清流を利用し、軟水を活かした柔らかな豆腐が作られています。400年前から続く宿坊の前にある豆腐店湧水工房の店主、相原琢也さんは、豆腐の伝統が根付く大山で新しい挑戦をしています。

相原さんが目指すのは、柔らかくて滑らかな豆腐です。濃い豆乳に少しだけニガリを加え、絹ごし豆腐を作ります。一時間ほど置くと、しっかりと固まり、柔らかい豆腐が出来上がります。また、新しく作った「よもぎ豆腐」も評判です。

「豆腐は非常にヘルシーで、タンパク質も豊富。これからの時代に再発見されるべき食材だと思うんです。そのために試行錯誤しながら、飽きさせない代わり豆腐を作る工夫をしている最中です」と相原さんは語ります。

相原さんは、かぼちゃや煎茶、ほうじ茶、よもぎ、黒ゴマなど、さまざまな食材を豆腐と合わせた代わり豆腐を試作中です。特にこだわっているのは、地元の食材を豆腐と組み合わせることです。

「今、試行錯誤しているのは、パプリカを混ぜた豆腐です。パン屋さんやお菓子屋さんとも交流ができるようになり、うちの豆腐を使ってパンを作る人もいます。シフォンケーキに豆腐を使うなど、これまでになかった新しい試みが広がっています」と相原さんは話します。

このように、豆腐の新しい可能性を追求することで、地元の食材とのコラボレーションや、新しい豆腐料理の世界が広がっているのです。

今日最後の壺は味も姿も変幻自在


2013年、和食がユネスコの世界無形文化遺産に登録され、豆腐にも注目が集まりました。豆腐はヘルシーフードとして、世界中で知られる食材となったのです。そんな豆腐に魅了されたフランス人シェフがいます。多くの星を獲得してきたシェフ、ギョーム・ブラカヴァルさんです。