美の壺 「大相撲」<File 469>

デザイン性に富み、豪華けんらんな「化粧まわし」の数々。そこに施された刺しゅう職人の緻密な技に迫る。行司の色鮮やかな伝統装束にも注目。土俵上で動きやすくするための工夫とは!?そして、力士の頂点・横綱だけが締めることを許された真っ白な「横綱」作りに密着し、一門の力士が集まってより上げる「綱打ち」の儀式も紹介する。長い歴史の中で磨き上げられてきた大相撲。伝統と様式に彩られた魅力を探る。<File 469>

【出演】草刈正雄,【語り】木村多江

放送:2019年3月1日

美の壺 「大相撲」

鍛え抜かれた肉体がぶつかり合う大相撲。その起源は神話時代にまでさかのぼるといいます。奈良時代から平安時代末期にかけては、天皇の御前で行われるお細かな宮中行事でした。江戸時代には、誰もが楽しめる庶民の娯楽になりました。

大相撲には長い歴史が磨き上げてきた日本の美が詰まっています。職人たちが丹精込めて作り上げる装束や道具。大相撲に受け継がれる伝統美と洋式日、その魅力を探ります。

スモー部屋の一日は稽古から始まります。力士のシンボル「回し」。稽古のとき、しめるのは木綿で織られた稽古まわし。しかし、十両以上の関取は本場所の土俵で締め込みと呼ばれる別のまわしを締めて登場します。その多くは光沢が美しい絹製のしゅすおり。一人前の力士にだけ許される憧れのまわしです。

滋賀県長浜市にある締め込みを作る工房。幅八十センチ、長さ九メートルほどの生地を使い、どんな快適でもちぎれないよう、普通の帯の四倍の密度で絹糸を折り込みます。すべて手織りでこだわる理由があります。やはり肌を触るような普通の表面、それを出すのに難しい絹糸は生き物で、季節や天気で微妙に伸び縮みし、滑りが変わります。職人は一打ち、一打ち肌触りを確かめながら調整できるのは手織ならではです。

力士によっては、長く使われている上位の力士もいます。「やっぱりそういう人には、やっぱりね、我々のは手織りでおったんやで、こういう肌触りがよくてつけやすいんじゃないと自分で解釈して喜んでいるわけですけどね。」

折り上がった締め込みが関取のもとに届けられました。付け人が集まって、しっかり折り目をつけます。胴周りに四回ほど巻いて締め上げるのが基本です。滑らかな絹の感触を確かめます。「どうですか」「いい感じです。肩触りもいいですし、早く巻いて素も取りたいなという気持ちが湧いてきましたね。」

今日一つ目のツボは、職人の手技が支える関取の闘志

十両や幕内力士が土俵入りの時に占める化粧まわし。講演会などから、ひいきの関取へ応援の気持ちを込めて送られます。豪華絢爛な絵柄の多くは手縫いの刺繍です。

横綱の土俵入りには、脇を固める露払いと、たちもちの分も三つ揃いの化粧まわしです。戦中戦後の土俵を支えた名横綱羽黒山。その化粧まわしは、力強い鯉の姿を春夏秋の季節で表したもの。刺繍の技も絶品で、鯉の表情や鱗を糸だけで生き生きと表現しています。

大砲と熱戦を繰り広げ、白鳳時代を築き上げた横綱柏戸。化粧まわしは、江戸時代の前走、仙台義本の水木がなるほどね、これも刺繍です。かすれた墨の様子も、歯周囲との濃淡で再現しています。

福岡県糸島市。日本刺繍の職人、田中みゆきさん。その腕を見込まれ、三十年ほど前から化粧まわしを手がけています。今取り組んでいるのは、福岡県出身の商法山積の化粧まわしです。

遠くからでも見栄えがするように、化粧まわしの刺繍は大きな柄が基本です。端から端まで太い糸を渡します。「どうしても化粧まわしとかだと大きな面になるんで、ちょこちょこちょこちょこ縫っていくと凸凹になっちゃって均一にならないというか。だから広い面を縫うときは、もう長いといっぺんに渡しちゃってですね。ただ、渡すと糸が浮いちゃうんで、それを押さえるという作業がどうしても必要になります。」

金や銀など派手な色が多いのも特徴です。盛り上がって見えるよう、裏から綿やフェルトなどで肉付けします。まわしの生地に縫い付けると、刺繍が迫ってくるような重厚な雰囲気に。立体感は重要ですね。「やっぱり綺麗な立体感が出た方が強さが表現しやすいというんですかね。」

化粧まわしというのは、私は力士の舞台衣装だと思っています。普通のご夫人方が締められる着物や帯だと近めで見るじゃないですか。でも、化粧まわしの場合は舞台衣装なんで、遠目で見て映えるような色使いやデザイン、そういうのが私たちは一番好ましいと思っています。

一番星を目指し、夜空を飛ぶ飛行機の尾翼。光り輝く艶と陰影は、職人が一張り一張り刺して作った刺繍ならでは。化粧まわしのお披露目。職人の技と心が関取の闘志に火をつけます。

土俵上で取り組みを裁く行司。行司の相続と持ち物はもともと武家社会の霊蔵に由来します。行司にも階級があり、何を身につけるかに細かな規定があります。幕下以下の行司は裸足に木綿の装束です。昇進するとこんなに豪華に。

手にしているのは軍配。戦国武将が軍を指揮するためのものでした。両国国技館の中にある相撲博物館。行司の頂点、横行司、木村章之助に代々受け継がれる軍配、譲り打ち輪です。三十七代木村章之助を務めた畠山三郎さんは、四年前に引退しました。

万が一、サブローさんも結構重いですね監督が歩けるのは

地震失態、随時 出所

進む時、退く時を知り、いつでもそれに応じるという意味は、頂点に立つ者の覚悟の言葉です。もう一つ、その覚悟を示すものとして、縦行司にだけ許されているのが、腰に刺した短刀です。

「行司として橋がしたらね、腹を切る覚悟でやれということだと思います。僕は神様であの戻りはありましたけど、差し替えは一回、まあ地盤じゃないけど一回もありませんでした。」

今日、二つ目のツボは、あでやかにしめやかに勝負をさばく

両国国技館の行事部屋は、本場所中の行事の控室です。今年初場所には、新たな建て行事として四十一代四季森井之介が誕生しました。昇進を祝って、所属する高田川部屋の親方から新しい装束が送られることになりました。

手がけたのは、京都の装束展。「ちょうど出来上がってきました。これですね、綺麗でしょう。行司さんの場合、夏門と冬門がありまして、これは冬物なんですね。西神よりの錦地のたんもの。この門というのは武田川部屋さんの門なんですね。外側が土俵、内側が横綱を表しています。」

血柄に織り込まれた紋様は、丸に立花、イノスケさんの家紋です。仕立てられた記事は、仕立て方の福原さんのもとに送られます。縫い仕事は、宮廷消毒や新幹装束も手がけている妻の福原敦子さんの担当です。

「行司装束の大きな柄は、仕立て方にも工夫がいります。この柄をこれがちょうど真ん中に、ここに来るように、畳んだ時も柄がきっちり合うように心がけてやっていますけど。」

隠れたところにも仕掛けがあります。「足をパッと開けられた時に広くなるように、この外の幅がこれだけ広がっているんですね。大きく足を開いても、激しく動いても、裾が乱れず、綺麗に広がります。相撲の取り口を見ているよりも、行司さんの装束や衣装を見ている方が、あれは自分のところで縫わせてもらったんやなとか、履いておられるなとか、そういうのはよく見ていますけど。」

出来上がった装束が高田川親方から井之介さんに送られます。「井之介方、ご承知おめでとうございます。これからも精進して頑張ってください。」「どうもごっちゃんです。一層精進させていただきます。」

十五歳で入門して以来、四十四年を経てたどり着いた伊達行司。その祝いに相応しい鮮やかな装束です。「ピリピリとした感覚が体に伝わってきます。今まで踏み込んだことのない世界に一歩踏み込んだなという緊張感が湧いてまいりました。」

本場所五日前の両国国技館では、土俵を作る「土俵付」が始まりました。土俵は場所ごとに作り直します。使うのは関東平野で採れる粘土質の土で、粘りがあり、乾きが早いのが特徴です。機械は一切使わず、手作業で神を迎え入れるという土俵。連綿と受け継がれてきた作り方を守っています。

四方の柱に貼った紐で高さを合わせ、水平にします。土俵作りにはいろいろな道具が活躍します。土を突き固めるタコは、丸い頭から足が何本も出ているからだとか、五寸釘と縄がコンパス代わりです。土俵作りは呼び出しの仕事で、四十名余りが総出で三日間作業を続けます。

一辺は二十二尺、六、七メートル、円の直径は十五尺、四五十五メートル。寸分の隙もなく完成した勝負の舞台です。本場所初日の前日、土俵に神を迎える土俵まつりが執り行われます。祭祀を務めるのは立行事の式守伊之介。中央に勝ち栗や洗い清めた米、かやの実などの沈め物を入れ、おみきを注ぎます。

今日最後の壺は神に捧げる勝負の世界

戦後相撲界に燦然と輝く大横綱大鵬。雲流型の土俵入りです。横綱の土俵入りは、平安と五穀豊穣を祈願する神事です。四股を踏むことで地中の邪気を払い、大地を沈めます。土俵入りの時に閉める真っ白い砂は、横綱神社の締め縄と同じ意味を持ちます。

綱は横綱に昇進した時に新調し、その後も東京で行われる場所ごとに作り直します。最初の作業が朝もみで、砂の中身になる麻をぬかで揉むことで柔らかくし、麻の油を抜いていきます。麻を包むのは真っ白な木綿です。揉んだ麻を入れ、形を整えます。

力を合わせて綱を寄るのは、横綱の所属する部屋だけではなく、一門の力士も集まります。

砂がより上がったところで横綱白鳳関の登場実際に閉めて長さを調整します砂の結び目は土俵入りの方によって異なります。白鳳関の土俵入りは不知火型。白縫い型は、輪が二つ、一方、雲龍型は輪が一つです。

横綱在位歴代最長を誇る白鳳関。それでも新しい綱を占める時は身が引き締まると言いますいつたってもね、いよいよ始まるんだなという思いと責任と、重み、緊張感を感じますけどね。」

平成三十一年初場所初日、白鳳関の土俵入りです

横綱白鳳。真っ白な綱を占め、横綱は神の依代となる。そう信じられているのです