美の壺 「魂宿る 刀剣」<File511>

2019年に発見された、明智光秀の愛刀「近景」。光秀が刀に込めた思いとは?▽世界が注目する刀鍛冶が作る、極上の刀剣▽室町時代から続く、砥ぎ師の本阿弥家。人間国宝が明かす「砥ぎの極意」▽居合の達人による、時代ごとの形と真剣の技▽平安時代に作られた国宝の刀の鞘(さや)には、にゃんと現存最古の猫の工芸!▽職人の共演!刀の鞘(さや)▽刀剣男士・三日月宗近(黒羽麻璃央)も参上!!<File511>

初回放送日:2020年9月4日

美の壺 「魂宿る 刀剣」

古より魂が宿ると言われる刀剣。古墳時代から作られ、神のより城と考えられてきました。三種の神器の一つに数えられるほど、神聖なものも。武器にとどまらず、芸術品としても時代を超え愛されてきました。強さと有限さを兼ね備えた刀剣。日本の刀鍛冶の技術は世界の注目の的です。輝きを生み出す人間国宝のとぎの技。平安時代の刀の鞘には猫の姿が。今日は刀剣の世界に迫ります。

愛刀

2019年8月、ある武将の愛刀が発見されました。これは、名刀 近景(ちかかげ)。 明智光秀の愛刀で備前国、現在の岡山県の刀鍛冶、近景によって鎌倉時代に作られたものです。


「こちらの刀は、今回井伊秀満(ひでみつ)の関係刀剣として展示されており、持ち主は明智光秀とされています。光秀から娘婿の 秀満に譲られたものと考えられており、非常に身近で大切な家族の品でした。明智光秀が誰かに渡したものであれば、それは非常に愛着の深いものであったと推測されます。刀身は太く厚く、すっと伸びており、その姿が特徴的です。光秀が秀に刀を譲ったタイミングは、本能寺の変の直前というドラマチックな時期に重なり、焦りや緊張感もあったのではないかと考えられます。この時代における刀の贈答は、個人の誇りを託すような行為であり、刀を贈るというのは最高のプレゼントであったと言えるでしょう。」

刀は、時に歴史の生き証人であるかもしれません。

井伊美術館

今日最初の壺は「己を映す」

居合術の使い手町井勲さんです。時速708キロのテニスボールを刀で切るなど、真剣を使ったギネス世界記録を六つ持っている現代の侍です。町井さんは様々な時代の刀を集め、違いを味わってきました。

「こちらが鎌倉初期の刀です。かなり根元から反っているという状態ですね。平安とか鎌倉の頃の鎧というのは胸元から喉元にかけて結構隙間が空いてますので、ここに自然と刀が刺さるような形になっているわけです。構えるとこの辺に重さの重心がきます。片手でも楽々操作ができるような設計になっています。このまま馬で突進していくと相手の喉元に刺さるというような感じですね。馬を操りながら使えるよう、軽く反りを深くして作られました。」


「こちらは室町時代後半から戦国時代にかけて作られた刀で、実戦での切断を念頭に置いて製作されています。手元に重心があるため、バランスが良く、刀の先端にも重量感があることで、振り下ろした際に遠心力が加わる設計になっています。」

戦国時代から江戸時代にかけて、刀のデザインはさらに変わり、力をより引き出せるように変化しました。そして、江戸時代の刀の特徴として、先ほどの室町時代の刀よりもさらに刃の剃りが浅くなっているのがわかります。実際に並べてみると。

「鎌倉時代の刀と同じように、元幅が広くて先が狭くなります。古い名刀などいろんな刀を試してきて、江戸前期の人たちがたどり着いた、一番切れる刀がこれなんですね。」

剣術の研究が進んだ江戸時代は、機能的にも美術的にも優れた刀が生まれました。町井さんのお気に入りは、各時代の良さを取り入れた特注品です。その切れ味は。

「この時の切り口がもう最高なんで、切った断面がカンナで削ったみたいにツルツルの状態なんです。力とかスピードとかあんまり関係ないんですよ。刀と体がいかに一つになるかっていう、完全に相棒ですね。」

切り口さえも芸術品に見せる刀への深い信頼から生まれる技の極みです。

世界が注目する刀鍛冶、吉原義人さん。これまでに500本以上の刀剣を作り、その作品はメトロポリタン美術館やボストン美術館にも収蔵されています。「日本刀は単なる武器ではなく、宝物として大事にされてきた」と吉原さんはいいます。

「刀はもともと武器としての役割を果たすためだったのでしょう。しかし、日本の場合、刀は単なる武器として発展したのではなく、素晴らしい宝物として大切にされてきました。それが日本刀の真髄だと私は思います。」

原材料は玉鋼。日本古来の製鉄によって作られた純度の高い鉄です。玉鋼を砕き、鋼が溶ける寸前のおよそ千三百度まで上げる積沸しの作業が行われます。

閃光花火のように燃えているのは、不純物の輪や硫黄などです。小槌で不純物を叩き出し、鋼を鍛えていきます。ここで鋼の純度が高くなるのを見極めて冷え込みを入れます。叩いては折り返し、折り返し鍛錬を繰り返すことで、鋼の層が重なりより強い鉄となるのです。

「支えて、折り返し、叩いて伸ばして折り返し、そうすると、最終的には数千枚から数万枚ぐらいになってくるわけだ。どこを削っても、どこを漕いでも、細かい模様が出てくるんですよ。」

丹念を繰り返すと、地金という刀の肌に何層にも重なった鋼の模様が現れます。直線が重なり合う柾目肌、こちらは木目混じりの板目肌。こうした地金の模様も、刀や流派の個性を味わう楽しみです。

「日本刀っていうのはね、一回も溶けてないんです。一回も溶けたことのない鉄ですから、ですからね、こういう刀の形になった後でもね、質感、鉄の質感がね、まるっきり普通の鉄とは違うんです。そこがね、日本刀の一番大切な見どころだね。」

溶かさずに叩き鍛える独特の手法で生まれる造形美。刀鍛冶が最もこだわるのが刃文(はもん)です。木炭や砥石の粉などを混ぜた粘土を置いて文様を描いていきます。熱した刀を水で冷やす際、粘土を置いたところが文様となるのです。刃文は作者の腕や流派を見分ける決め手とされる、いわば個性の表現。刀鍛冶の創意工夫の結晶です。

いよいよ焼き入れ、仕上がりを左右する真剣勝負です。刀を700度から800度まで熱し、水で一気に冷やします。白く浮かび上がる刃文の光沢。大小の波が音楽のようにリズムを刻みます。「やっぱりね、大切な宝物を作るというね、少しでも宝物として大事に扱ってもらえるように、もうありったけの気持ちを込めて作ってますよ。」

今日、二つ目の壺は「唯一無二の命を宿す」

奈良県春日大社。武の神を祀ることから、貴重な刀剣が数多く奉納されてきました昭和14年、宝庫の天井裏に眠っていた刀が解体修理で発見されました。それは南北町から室町時代に奉納されたもの。

「しかし、刀は黒いサビに覆われ、曇っていました。手に取って拝見したところ、一般的な太刀とは少し異なる印象を受けました。全体的に長くて立派な形状ではあったものの、その詳細はサビに隠れてしまい、はっきりとは分かりませんでした。」

その刀を研ぎ師(とぎし)に依頼したところ、600年前の輝きが蘇りました。それは平安時代に作られたとみられるきわめて貴重な太刀で、波紋は細かく、血筋は流れるような流麗さがあります。現在の鳥取県で作られた古伯耆物(こほうきもの)と呼ばれる最初期の日本刀だと分かりました。この刀を研いだのが、人間国宝の本阿弥光洲(ほんあみ こうしゅう)さんです。本阿弥さんは室町時代から続く研ぎ師の一族です。

「錆びてましたけど研ぐとまあ本当に素晴らしい出来でしたし、本当に研がさせていただいて良かったと思います。」

刀一振り研ぐのにひと月以上、本阿弥さんの作業は六種類の砥石を使い分けて行います。こちらは内曇刃砥(うちぐもりはど)という工程で、柔らかい砥石で波紋を整えていきます。削りすぎず、傷つけないよう、優しく柔らかく研いでいきます。地金の模様を際立たせる地艶(じづや)という、目の細かい砥石を薄く小さくし、親指の腹を当てるように研ぐ繊細な作業です。

刀鍛冶が鍛えた刀を磨き上げる作業は、切れ味を良くする役割にとどまらず、刀の持ち味を引き出すかが腕の見せ所です。そんな本阿弥家には、代々伝わる研ぎの極意があると言います。

「澄んだ秋空のごとく刃を研ぐときは、新雪が松の木に積もったような境のところをいかにふんわりぼかすというのが、本来の技術でございます。」

拵(こしらえ)

これは国宝の金地螺鈿毛抜形太刀(きんちらでんけぬきがたたち)。平安時代に奉納された刀です。当時の技術の粋を集めた一振りです。鞘には漆が塗られ、金粉で巻き絵が施されています。夜光貝を埋め込んだ螺旋模様が、竹林に雀を描いた猫絵巻物を思わせ、猫の姿がまるでアニメーションのように動作が刻々と移り変わります。日本に現存する猫を扱った工芸品としては最古のものと言われています。

模様や目にはガラスや琥珀が使われ、毛並みは0.1ミリにも満たない細やかさ。目を凝らすと肉球まで精緻に再現されています。金具や金細工は、現代では顕微鏡を用いなければできないほどの精巧さです。平安時代の鞘の最高傑作と言われており、多くの最高の職人たちが集まり、一つの作品を作り上げることで神様に喜んでいただこうとした姿が浮かびます。これから千年後、二千年後の人々にも伝えていきたい、日本人の心を魅了し続けている刀剣です。

今日最後の壺は「職人たちのの共演」

刀の外装 (こしらえ)の製作には多くの職人が関わっています。鞘を作る鞘師(さやし)、鞘に漆を塗る 塗師(ぬし)、柄に組みひもを巻く 柄巻師(つかまきし)、鍔を作る 鍔師(つばし)、金具を作る 白銀師(しろがねし)など、五人以上の手によって作られます。

刀は職人たちの技術が結集した総合芸術とされています。その中で重要な役割を担うのが鞘師(さやし)です。江戸時代から続く林の六代目、髙山一之さんです。

「鞘師というのは全体をコーディネートする仕事で、どのような (こしらえ)にするか考え、どの職人に依頼するかを決めます。鞘師が全体を取り仕切ります。」

すべての装飾の起点となるのは鞘作りです。こちらの長い道具は、月のように長いストロークで削ることができるさや作り専用のノミです。使う道具は60種類以上あり、刀の大きさや反りに合わせて変えます。

「宙に浮いているときや歩いたりするとガタガタ音がしますよね。ガタガタ音がするのはダメなので、全体に均等に、柔らかく当たることが理想です。」

削りすぎると緩すぎ、逆に少なく削ると当たりすぎるため、0.1ミリ単位で調整しながら均等に刀を包む塩梅を見極めます。他の職人と協力してこしらえを作り上げていきます。

「できるからといって自分で全部を作ってしまうと、だんだん昔のものに比べて良くないものができてしまいます。元々のものに多く話し合って一つにまとめると、結構気に入ったものができるんです。」

刀剣は職人たちの技の共演によって輝きを増し、未来へと受け継がれていきます。