美の壺「青森の 手仕事 」

ファッションブランドが新作のテーマにした、津軽地方の伝統工芸「こぎん刺し」。幾何学模様に秘められた魅力とは?▽若者たちも愛用する「津軽塗」のスタイリッシュなアクセサリーとは?▽秘密は卵?!雪国に多彩な色と模様をもたらした伝統技法に密着!▽セレクトショップで大ブレイクのカラフルな「ガラス工芸」。漁業用の浮き玉の技法で、桜や雪、夏の風物詩「ねぶた」などを鮮やかに表現!<File569>

初回放送日: 2022年11月11日

美の壺 これまでのエピソード | 風流

美の壺「青森の手仕事」

今、セレクトショップや百貨店で話題のアイテムがあります。
青森で生まれたガラス工芸。
色鮮やかなグラスや花入れが幅広い世代から人気を集めています。
ファッションの世界も青森に大注目。
津軽地方の伝統工芸こぎん刺しを大胆にデザイン。
さらに、若者たちの間で話題となっているのが津軽塗のアクセサリー。
多彩な模様を作り出すのは伝統の技。
今日は青森の手仕事の知られざる魅力をご紹介します。

こぎん刺し

2019年に開かれた国内最大級のファッションイベント。
人気ブランドの新作のテーマがこちら。
青森県津軽地方に伝わるこぎん刺し。
糸を幾重にも差して描かれる幾何学模様。
麻布に木綿の糸で刺す伝統的な手法を、ウールに置き換え新しいこぎん刺しを目指しました。
堀畑裕之さんと関口真希子さん。
服を通して日本の美意識を表現し続けてきました。

こぎん刺しは本来は二つの目的があって、一つはその津軽の寒い風を防ぐ防寒という意味が一つあって
もう一つは装飾という身近な家族を飾るために作られたものなので、
そういう二つの役割というものがもう一度取り戻せたらいいなと、
それは服を通してできるんじゃないかと。なと実際に着るとすごくあったかい。

そうなんです。これ襟の方も回っているので、首を温めるのと
本当に着た時にもう一枚違うんですね。

デサインは現代的ですが柄は伝統的なものにこだわりました。

いろんな柄の中から選んだのですが、今見てもすごくモダンで可愛いなあと思います
この辺もちょっと雪の結晶みたいな感じ。
縦糸横糸に奇数で拾っていくっていう決まりがあるんですよね
だから幾何学柄しかできないっていう制約があるんですがその制約の中に
どれだけ柄のバリエーションを作っていくかっていうことを
津軽の女性達が苦心してデザインした。

組み合わせは無限にあって、こういう風にこの柄がここの場所にあったら
すごいなんか入るんじゃないかなとか
遠いかそうかなっていうのを考えるのはすごく楽しいことでした

名もしれない女性達が200年300年かけて作ってきたデザイン
それを今生きる私たちがする纏うということという意味では
そういう行為の血のつながりと連続性っていうものをそのまま取ってるんだっていう
じんわり感じる感度があるんです

今日一つ目のツボは時が織りなす幾何学模様

時が織りなす幾何学模様

こぎん刺しが生まれたのは江戸時代。
当時津軽では農民が木綿を着用することは厳しく制限されています。
許されていたのは
浅野の長く厳しい津軽の冬には適していませんでした
そこで農家の女性達は高く丈夫にする為朝なのに糸を左折られます
更にさし方にも工夫して様々な模様を描きました
青森県津軽地方
こぎん刺しは今も津軽の暮らしに根付いています

小物やタペストリーに思い思いの模様を刺します
こぎんたちを続けてごじゅー年になる佐藤陽子さんも飲むとすれば
あと早速やるとできるのがこぎんだと思ってますので
麻の生地と木綿の糸を使うのが伝統のやり方
生地の横糸に沿ってさしていきます
こぎん刺しは多くが一目さん
名ご名などのように奇数で刺していきます
模様をふっくら立体的にする為
一段差し終えるごとに糸にゆとりを持たせます
さしっぱなしだと糸が引っ張られてしまうので小倉工務店
あの全体的にゆとりあると作品自体が優しく見えるという
それを一段ずつ確認しながら刺してます
出来上がりました
何の模様かわかりますか猫の足というものなんですが
猫の肉球に見えますかなかぎんだしには
身近なものを題材にした模様がたくさん溜まっています
それぞれ津軽弁で親しみやすい名前が付けられ
縁起をかついだり願いを込めたり愛用してきました
こちらは長さにMのタペストリー
伝統的な模様にアレンジを加えてモダンな景色を作り出しました

およそせんさんびゃく時間を費やしたと言います
もう布に向かってる時間
それにやはりその自分では至福の時間になるので
あのあと何十日先に完成品だとしてても
その犬の止めちゃってる時間ってのが自分にとってそのひと針
ひと針がぬくもりを伝えています
さんさんぜろごーとかごとかって何ですか
針を刺すシュミレーションですよ
これがねこぎん刺しの図案の通りに刺していけば
模様ができるわけですね
早くやってみてくださいよありますよやりますとも
今若者たちの間で注目を集めているアイテムがあります
耳元で揺れる漆野カラフルな色が目を引きます
これは青森の伝統工芸津軽塗
抽象的ながらに鮮やかな色彩
津軽の風土の中で培われてきました
津軽塗が盛んに作られるようになったのは
江戸時代中期弘前藩による産業振興がきっかけだと言われています
藩主などが使う高級な湿気を作らせるため
職人を各地から呼びよ様々な技法が取り入れられました
こちらは江戸時代後期から明治時代にかけて作られた津軽塗の見本
その数ごひゃくじゅーよん枚
それぞれに職人のこだわりが詰まっています
隣の人っていうのはあの北の果てにいるからこそ
やはり他の地域から取り入れるの江戸ですとか
髪型から技術や
様々な日本などを取り入れる事っていうのをすごくしていて
ただ取り入れて真似をするだけではなくて
新しいことを想像して作っていくというのは職人さんたちの
中でやっぱりあったんじゃないかなと
さらにこうしたカラフルなデザインが生まれた
家にはもう一つ理由があるといいます
雪国という事が一つあるのではないかというふうに考えます
やはり白い食で一面閉ざされる冬の時期を経験しているからこそ
春が来た時に雪が溶けて様々な色彩が入ってきた喜びと
いうの特に津軽の人っていうのは漢字じゃないかな
そしてこれだけの作り上げるというそういうことだと思います
今日二つ目のツボは雪国に百花繚乱の花

雪国に百花繚乱の花

焼津軽塗の伝統技法の一つ
から無理
特徴は鮮やかな斑点模様
漆を何層も塗り重ね
それをわずかに取り出すことで模様を浮かび上がらせます
全部でよんじゅーはちの工程があり
製作期間はにヶ月以上津軽塗職人の金欲しい人さん
昔ながらの手間をかけて塗の漆器を作ります
もうように使うのは松野煤で
黒く色付けした漆で取り出したのは
卵漆に卵白を加えます
こうすることで漆に粘りが出るのだとか
紙でこして不純物を取り除きます
模様をつけるのは専用のヘラ器の大きさや形
デザインに合わせて使い分けます
漆と布で補強したお盆に模様を付けていきます
ここから一週間から10日かけて固まるのを待ちます
次に色漆を塗り重ねてさらに模様がつけば
研いだ時に現れる
模様を計算しながら外を置いていきます
そして研ぎ出し
砥石で表面の漆を薄くトイレ行きました
取り出すほどに変化する模様赤や緑も現れてきました
いっぱい塗ってるようだけども
塗って落札ドコモ並里までトミカ
どこでやめるかやめときが大切だから
最後は手を使ってツヤを出していきます
漆を何層も塗り重ね時出すことで産まれたから塗りの模様
幻想的な景色を作り出しています
つがる市の千変万化って
万華鏡みたいなっていうような表現する人もいますから面白いです
一色違えば既存と帰ればいいが
すれ違う
雪国を彩り続けてきた汗がここ
にあります
山に行ってきたって
いやまださん針だけだし

青森市にあるセレクトショップ
ここに今人気を集めている地元の工芸品があります工芸です
人気の理由は色鮮やかなデザイン
この色と模様は青森の風土をモチーフにしたものだと言います
淡いピンクは
弘前城に咲き誇る桜津軽の
人々に春の訪れを告げる優しい色
一方こちらは冬の
青森大粒のガラスで表現した
のは八甲田山に
そしてココノツの色を鮮やかにちりばめた
こちらは
青森の
夏の風物詩ねぶた
青森の人々の心の風景で
今日最後のツボは故郷を写す

故郷を写す

ガラス工芸を手がけるのは青森市にある創業ななじゅーさん
年のガラスメーカー職人たちが器や花入など
およそせん種類を使っています
腕色の秘密は色ガラス
130以上の色ガラスを組み合わせて模様を描きます
そして金型に入れて成形していきます
こうしたガラス工芸を生み出す
この工場買っては全く違うものを作っていました
沖縄を作っていました
それが硬くて丈夫ですという評判が立って
全国でも多分市は日本一だったと思うんですけども
それがプラスチックに変わって生産中止になったんですけども
浮き玉を作る職人のは
ガラス職人の中でもレベルの高い職人がいっぱいましたので
雪玉を作る
技術を応用して大きい壁を作るようになりました
雪玉を作っていたのは吹雪という技法
竿の先端にガラスを巻き取り息を吹き込み膨らませます
よんじゅー年以上中武器の技は守ってきた
ガラス職人の墓
浮き球の
経験を生かして花瓶を作ります
およそ鮮度ノロで加熱しながら形にして行きま
tube
きっとではまず最初から最後まではの自分の感覚だけで
言わなきゃダメなんで
その辺のやっぱり温度管理が一番大事だと思います
濡れた新聞紙を
最後に取っ手を付けます
オレンジ色のガラスに幾重にも溶け込む黄色や黄緑
紅葉に染まる十和田の空きを描きました
そういう食事も今なくなってるし
特に青森の人は我慢強いからだから
少々のことにもめげずに皆若い子達も頑張ってるんですね
賢人に学びいまも進化し続ける青森の仕事です